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【横浜市立大学】遺伝子カタログ化によるコムギ品種間多様性の解明

2025年10月08日10時00分 / 提供:Digital PR Platform

〜食料安全保障を目指した新品種開発を加速〜

横浜市立大学木原生物学研究所 清水健太郎客員教授(チューリッヒ大学 進化生物・環境学研究所長・教授兼任)、新潟大学農学部 岡田萌子助教(前横浜市立大学特任助教)、京都大学農学研究科 那須田周平教授、および京都府立大学大学院生命環境科学研究科 半田裕一教授らの研究グループは、国際10+コムギゲノムプロジェクト*1との共同研究で、日本を代表する品種である農林61号を含む9品種の網羅的な遺伝子発現解析を行い、農林61号が他の品種にはない特徴的な染色体領域を持つことを明らかにしました。この領域には組織特異的に機能する新規遺伝子や病害抵抗性に関連する遺伝子が多く見つかり、今後の世界のコムギ安定生産に向けた新品種育成に有用な素材としてゲノム育種を推進すると期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Nature Communications」に掲載されました。(日本時間2025年10月6日18時)

研究成果のポイント

日本を代表するコムギ品種農林61号を含む世界の9品種のゲノム・トランスクリプトーム解析により、病害抵抗性遺伝子など多数の新規遺伝子を発見した
遺伝子組成と遺伝子発現を解析したところ、ヒトの個体差よりも大きな遺伝的差異(品種間差)を持つことが分かった
本研究で同定した日本の品種に特徴的な病害抵抗性などの遺伝子を利用することで、世界の食料安全保障への貢献が期待できる

[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1706/119580/700_268_2025100710382768e46f136531e.png

図1 世界のコムギ9品種から遺伝子発現マップを作成

研究背景
現在、日本のコムギの自給率は生産額ベースでは15%に過ぎず、残りの8割以上を輸入に頼っており[1]、国産コムギの生産や用途拡大は、我が国の食料自給率を高めるうえで大きなカギを握っています。しかし、近年の経済状況による食料の高騰はコムギにも及んでおり、政府が輸入コムギを民間に売り渡す価格は、過去10年で約1.5倍に上昇しています。世界に目を転じるとコムギの国際価格は地球温暖化や自然災害に大きく左右され、またウクライナ危機のような世界的有事による乱高下を繰り返しており、コムギの生産量や価格の安定化は、地球上の全人類の暮らしに直結しています。コムギの安定生産のためには、遺伝資源が持つ多様性を有効活用し、戦略的なゲノム育種が必須となってきます。
日本では、北海道大学の坂村徹博士による正確なコムギの染色体数の決定、横浜市立大学木原生物学研究所の創始者である木原均博士によるコムギのゲノム研究以来、伝統的に世界のコムギ研究をリードしてきました。しかし、コムギはヒトの約5倍もの巨大なゲノムを持つため、イネやトウモロコシなど他の主要作物に比べてゲノム研究が遅れていました。2018年にコムギ実験系統のゲノム配列が解読されたのち[2]、2020年に私たちの研究グループは、国際コムギ10+ゲノムプロジェクトとともに、日本品種農林61号などの世界の9つの近代品種のゲノム配列の解読に取り組み、コムギの持つ多様な特徴を解析する基盤を構築しました [3,4]。しかし、当時は遺伝子予測のためのデータが限られており、各品種特異的な遺伝子や新規遺伝子の探索は不十分でした。

研究内容
そこで本研究では、国際コムギ10+ゲノムプロジェクトの一環で、アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、スイス、オーストラリアに加え、日本の品種農林61号を含むコムギ9品種を対象に、イギリスのアーラム研究所、ドイツのヘルムホルツ・ミュンヘンのゲノム解析パイプラインを利用し、多様な組織における汎トランスクリプトーム解析*2から、遺伝子発現の包括的マップを世界で初めて作成しました(図1)。
2020年にゲノム配列が解読されているコムギ9品種について、品種横断的な汎トランスクリプトーム解析によって遺伝子組成を網羅的に同定したところ、高い確度で存在が推定された遺伝子の数は農林61号が最大であることが分かりました。特に、ストレス応答、生長や種子品質に関与し、グルテン関連疾患などにつながるアレルゲンにもなるプロラミン遺伝子群の数や配列が9品種間で明確に異なるなど、コムギ品種間の遺伝子組成や遺伝子発現パターンの違いは、ヒトの個体差よりもさらに多様であることを明らかにしました。
品種間の遺伝子発現パターンの違いに注目して解析したところ、農林61号には他の品種にない特徴的な染色体領域を持っており、そこに存在する遺伝子は、農林61号独自の配列や発現パターンを示すことが明らかになりました。さらにこの農林61号に特徴的な染色体領域からは、病害抵抗性遺伝子が特に多く見つかりました。これらは、解析対象に日本品種の農林61号を解析に加えたことで得られた成果であり、本研究で構築した遺伝子発現データセットは日本だけでなく世界のコムギ育種にも貢献し得る重要な基盤となります。

今後の展開
気候変動による作物栽培への影響がますます深刻になり、国際情勢も刻々と変化する中、高温多湿な日本でも安定して栽培できるコムギ品種、未知の病原菌を含むさまざまな病害への抵抗性を備えたコムギ品種の育成が急務です。本研究では、9品種を対象にした解析で、単一品種の解析では不可能であった品種間の多様性や日本品種の特徴、その育種的有用性を明らかにしました。現在、汎ゲノム・ハプロタイプカタログ・国際イニシアチブ*3では、100以上の品種を対象にゲノム解読を目指しています。これに遺伝子発現パターンを調査する汎トランスクリプトーム解析を加えることで、「どの品種のどの組織で、どの遺伝子がどのように働いているか」といった遺伝子情報のカタログを作成できます。こうした汎ゲノム・汎トランスクリプトーム解析で得られる遺伝子カタログをもとに、気候変動や国際情勢に左右されにくい品種をより戦略的に育種する「ゲノム育種」も可能となります。本研究では、日本やアジアの在来品種を解析対象とすることの重要性を改めて示すことができました。世界のコムギ品種の育成には、日本、アジアの遺伝資源が使われてこなかったことが報告されています。これら日本、アジアの在来品種といった未利用遺伝資源をより詳しく解析することで、育種に重要な新規遺伝子が発見できると期待されます。

研究費
本研究は、JSPS科研費22H05179(学術変革領域「植物の挑戦的な繁殖適応戦略を駆動する両性花とその可塑性を支えるゲノム動態」)、22K21352(国際先導研究「植物生殖の鍵分子ネットワーク」)、22H02316、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業JPMJCR16O3(CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」)、チューリッヒ大学グローバル戦略・パートナーシップ基金などの支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル: De novo annotation reveals transcriptomic complexity across the hexaploid wheat pan-genome
著者: Anthony Hall, Benjamen White, Rachel Rusholme-Pilcher, Susan Duncan, Hannah Rees, Jonathan Wright, Ryan Joynson, Joshua Colmer, Benedict Coombes, Naomi Irish, Suzanne Henderson, Karim Gharbi, Leah Catchpole, Tom Barker, Wilfried Haerty, Gemy Kaithakottil, David Swarbreck, James Simmonds, Cristobal Uauy, Philippa Borrill, Thomas Lux, Heidrun Gundlach, Klaus Mayer, Manuel Spannagl, Helen Chapman, Angela Juhasz, Moeko Okada, Hirokazu Handa, Shuhei Nasuda, Kentaro Shimizu, Daniel Lang, Guy Naamati, Sabrina Ward, Erik Legg, Arvind Bharti, Michelle Colgrave, Jesse Poland, Simon Krattinger, Nils Stein, Curtis Pozniak, Utpal Bose, and 10 plus Wheat genome project
掲載雑誌: Nature Communications
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-64046-1

[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1706/119580/500_57_2025100710411968e46fbf7fd3e.png

用語説明
*1 国際10+コムギゲノムプロジェクト:コムギゲノムの変異解析の基盤形成を⽬的として⽴ち上げられた国際プロジェクト。⽇本をはじめ、カナダ、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、イスラエル、オーストラリア、スイス、サウジアラビアなど、さまざまな国の研究機関が参画している。

*2 汎トランスクリプトーム:ある生物が持つ全遺伝子の発現情報を、複数品種にわたって解析する方法。各品種が持つ遺伝子の数、どの遺伝子がいつ、どこで働いているかなどの遺伝子発現パターン、品種ごとに遺伝子数や遺伝子発現パターンがどう異なるかを明らかにでき、遺伝子カタログを作成できる。

*3 汎ゲノム・ハプロタイプカタログ・国際イニシアチブ: これまでのコムギゲノム研究の集大成として、世界各国の実用品種を中心に、ロングリードシーケンサーとゲノムコンフォメーション解析を組み合わせて、各染色体の一方の末端から他方の末端まで高精度なゲノム解析を行おうというプロジェクト。ゲノム解析の成果として、各品種で共通するゲノム領域とそれぞれを特徴づけるゲノム領域を明らかにすること(ハプロタイプの決定)を目的とする。オーストラリアのマードック大学が旗振り役を務め、諸外国の研究機関が参画する。

参考文献など
1)2023年8月7日、農林水産省公表「令和4年度食料自給率・食料自給力指標」および「令和4年度食料需給表」より。
2)The International Wheat Genome Sequence Consortium (IWGSC). Shifting the limits in wheat research and breeding using a fully annotated reference genome. Science. 2018;361: eaar7191.
3)Walkowiak S, Gao L, Monat C, Haberer G, Kassa MT, Brinton J, et al. Multiple wheat genomes reveal global variation in modern breeding. Nature. 2020;588: 277–283.
4)Shimizu KK, Copetti D, Okada M, Wicker T, Tameshige T, Hatakeyama M, et al. De Novo genome assembly of the Japanese wheat cultivar Norin 61 highlights functional variation in flowering time and Fusarium-resistant genes in East Asian genotypes. Plant Cell Physiol. 2021;62: 8–27.

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