2023年03月07日17時01分 / 提供:マイナビニュース
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岩手大学は3月6日、研究用動物として利用されているマウスの妊娠環境を、音波振動を用いて瞬時に作り出す技術を開発し、同技術を用いてゲノム編集マウスを作出することに成功したと発表した。
同成果は、岩手大 理工学部の金子武人准教授、動物繁殖研究所の共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
妊娠環境が整った雌の卵管や子宮に受精卵を移植し産子を誕生させる受精卵移植技術は、ヒトの不妊症治療、産業動物の計画生産、ゲノム編集動物の作出および凍結保存された受精卵からの個体作出などに、幅広く利用されている。
ヒトを含めた動物の妊娠の維持には、卵子の排卵後に形成される黄体の存在が必要で、これは別個体の受精卵を移植する場合も同様だ。マウスなどのげっ歯類の場合、形成された黄体は急速に退行してしまうが、雄との交尾刺激により存在期間が長くなり、妊娠が維持されるという特徴がある。そのため受精卵を移植する場合は、妊娠環境を作り出すために必ず雄と一晩同居させることが必要とされてきた。しかし、一晩同居させてもその雄雌が交尾するとは限らず、その結果として雌の妊娠環境が構築されず、受精卵移植を中止することも多くあるという。
そうした中、2020年に同じげっ歯類のラットにおいて、音波振動を用いて雄の交尾刺激を人工的に再現し、妊娠環境を確実に作り出すことに成功したのが研究チームだ。今回の研究では、人工的に雌の妊娠環境を構築する技術がまだ存在しないマウスに対し、ラットで開発された技術を応用することにしたという。
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実験には、独自に開発した音波振動装置に装着するプローブの形状をマウス用に改良したものが用いられた。そして、受精卵移植を行う前日あるいは当日の発情前期や発情期の雌マウスの生殖器に、人工的な音波振動を与えたという。そして処置後の雌マウスの卵管内に、別の個体より採取された受精卵を移植し、その後の子宮への着床および産子への発生についての観察が行われた。
同実験の対照区には、従来法である雄マウスにより交尾刺激が与えられた雌マウスの卵管に受精卵を移植し、その後の子宮への着床および産子への発生についての観察が実施された。
実験の結果、音波振動により妊娠環境が作り出された雌マウスの卵管内に移植された受精卵は、子宮に着床し、正常な産子に発生することが確認された。なお産子の出生率は、対照区と比較して統計学的に有意な差は認められなかったという。このことから、今回の研究で開発された音波振動装置は、マウスにおいても十分な妊娠環境を構築できることが証明された。
さらに今回の研究では、同手法を用いてテイク法(エレクトロポレーション)によりゲノム編集した凍結受精卵から、ゲノム編集マウスの作出にも成功したという。
今回の研究で開発された音波振動装置による人工妊娠誘起法は、動物の効率的な計画生産に用いることができるとする。近年、研究用動物ではゲノム編集技術が応用され、多くのヒト疾患モデル系統を作出し、医学・創薬研究に利用されている。研究チームは、動物を効率的に計画生産するためにも受精卵移植技術は必要であり、多くの研究分野での利用が期待されるとした。
また今回の技術は、いつ交尾するかわからない雄とは異なり、雌の妊娠環境が作り出される時間を正確に特定できるため、妊娠メカニズムの解明や不妊症研究、さらには絶滅危惧種の人工繁殖への応用も期待されるという。さらに、これまで交尾刺激のために必要だった雄を飼育しなくてもよくなるため、飼育スペースや費用の削減のみならず、使用動物の削減にもつながり、動物福祉の3Rsにも貢献するとしている。
なお研究チームによると、今回の研究で開発された音波振動装置は特許出願済みであり、製品化し販売する準備を進めているとのことだ。