2023年03月06日17時27分 / 提供:マイナビニュース
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東京都立大学(都立大)、産業技術総合研究所(産総研)、東北大学、名古屋大学(名大)、筑波大学、大阪大学(阪大)の7者は3月3日、直径数~数十nmほどの「遷移金属モノカルコゲナイド」(TMC)のナノファイバーの隙間に、金属原子を効率的に挿入する技術を開発したことを発表した。
同成果は、都立大 理学研究科 物理学専攻の夏井隆佑大学院生、同・清水宏大学院生、同・中西勇介助教、同・島村燿人学部生、同・遠藤尚彦研究員、同・宮田耕充准教授、産総研 材料・化学領域 極限機能材料研究部門の劉崢上級主任研究員、同・ナノ材料研究部門の林永昌主任研究員、東北大 学際科学フロンティア研究所のNguyen Tuan Hung助教(同・大学大学院 理学研究科 物理学専攻兼務)、東北大大学院 理学研究科 物理学専攻の齋藤理一郎教授、名大 工学研究科 応用物理学専攻の菊地伊織大学院生、同・蒲江助教、同・竹延大志教授、筑波大 数理物理系の岡田晋教授、阪大 産業科学研究所の末永和知教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンスとナノテクノロジーに関する全般を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。
ナノスケールにおいて均一な細線状材料の実現およびその結晶構造と物性の制御法が求められており、その候補としてTMCが注目されている。TMC細線を多数集めて束にした結晶の隙間に、アルカリ金属などが挿入された構造は「三元系TMC」と呼ばれ、挿入する原子の種類によっては超伝導を示すことが知られていた。しかし、固体原料を高温で焼結する従来の手法では、同TMCを用いた長尺なファイバーやそのネットワーク薄膜、そしてナノサイズの厚みを持つ極薄なファイバーなどを合成することは困難だったという。そのため、新たな同TMCナノファイバーの合成法の開発が望まれていた。
そうした中、近年になって、二元系TMCナノファイバーの直接合成技術が開発された。研究チームの中西助教と宮田准教授らも、2020年に化学気相成長法を利用したタングステン(W)とテルル(Te)からなる「W6Te6」や、モリブデン(Mo)とTeからなる「Mo6Te6」などのTMCナノファイバーの大面積合成法を開発している。
二元系TMCが束状になった結晶では、個々の細線間に数オングストローム程度の空隙が存在しており、そこに金属原子を挿入できれば、三元系TMCの作製が可能なことが理論的に予想されていた。しかしその実証はされていなかったため、研究チームは今回、二元系TMCナノファイバーを出発原料に、金属原子の挿入による三元系TMCナノファイバーの実現を試みることにしたという。
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研究としては、シリコン基板上で合成されたW6Te6ナノファイバーと固体インジウム(In)が試験管に入れられ、真空にして約500℃で加熱。Inの蒸気にナノファイバーを晒すことで、細線の隙間にIn原子の侵入が試みられた。作製されたナノファイバーの断面が原子分解能電子顕微鏡で観察されたところ、In原子が9つのTe原子によって配位された状態で、3本のW6Te6細線に囲まれた隙間に入り込んで充填している様子が確認されたという。In原子挿入前の二元系TMCの形態が反映され、三元系TMCナノファイバーはネットワーク構造を保持していることが明らかにされた。
また、1本のナノファイバーに電極を作製し、電気抵抗の温度依存性が調べられたところ、温度下降と共に電気抵抗が減少する金属的な振る舞いが観察されたという。この結果は、第一原理計算による金属的な電子状態の予測とも一致するとしたとのことで、このような金属的な振る舞いは、作製されたナノファイバーが比較的高い結晶性を維持していることを示唆しているとする。
さらに、ラマン散乱分光測定と理論的な解析を用いて、ナノファイバーが入射光の偏光方向に依存した散乱特性や格子振動の特徴を示すことが見出されたとのことで、この結果は、電子顕微鏡による断面観察と同様に、目的とした結晶構造を持つ三元系TMCが合成されたことを示しているという。
なお、今回利用された手法は金属蒸気に試料を晒すという簡便なものであり、In以外のさまざまな原子にも適用可能なことから、これまでに実現されていない組成の三元系TMCナノファイバーの実現も期待されると研究チームでは説明しているほか、このような原子の挿入技術は、ナノファイバーの電気伝導特性の理解と制御にも有用だとしている。また、今回の研究で明らかにされた結晶構造や格子振動に関する知見は、TMC系材料の評価のための重要な指針となるともしており、今後、新たなTMCの物質開発や作製技術の高度化を通じ、超伝導特性を示す柔軟かつ安定なナノファイバーの実現や微細な配線・透明電極・導電性複合材料などの応用に結びつくことも期待されるとしている。