2023年03月05日12時00分 / 提供:マイナビニュース
●本人が「密着された覚えはない」ドキュメンタリー
2022年の年末、1つの番組が深夜のSNSをザワつかせた。「麒麟・川島明の1日に密着したVTRを見る」と説明されたが、本人が「密着された覚えはない」と否定。そんな異常事態で流れた映像には、川島の顔をした人物が街の公園で巨大跳び箱に挑んだり、なじみの店で大暴れしたりと、衝撃的な姿があった…。
その番組は、AIで顔を入れ替える技術「ディープフェイク」を使って別人物の行動を川島がしているように見せることで、ウソドキュメンタリーに仕立て上げた『カワシマの穴』(Huluで配信中)。絶妙な違和感が全編にわたる中、細かなネタを随所にはさみ込み、川島本人の最適なツッコミが次々にヒットしていくことで、目が離せない面白さを作り出し、業界内外で大きな話題となった。
企画したのは、日テレ入社7年目の南斉岬ディレクター。4月2日(23:00~)に第2弾の放送が決まった中で、このカオスな番組の制作の裏側や、テレビの魅力、今後の展望など話を聞いた――。
○■「まさかあそこが拾われると思わなかった」
「ディープフェイク」から着想したというこの番組。「最近見たものだと、“ひろゆきとホリエモンが格闘技で戦ってる”というなんてことない1分半くらいの動画なんですけど、それがずっと面白かったんです。それと、僕は映画が好きで、『マルコヴィッチの穴』(※)という作品を思い出して、そこの掛け算で何かできないかというところから思いつきました」(南斉D、以下同)という。
(※)…映画俳優ジョン・マルコヴィッチの頭の中につながり、誰もが15分間マルコヴィッチになることができるという“穴”をめぐるストーリー。
川島を“密着対象”にしたのは、「今一番忙しい方なので、“忙しすぎて自分のやったロケを覚えていない”という設定を最初に考えた」という発想から。VTRを見た川島の受けコメントやツッコミは、「制作側が気づいてほしいところにすぐ気づいていただけるんです。ずっと画の違和感がある番組なので、そこにも敏感にツッコんでいただきました」と、高い技術を見せた。
特に感服したのは、ケイン・コスギのポスターを睨みつけた理由(=中の人が『スポーツマンNo.1決定戦』のライバル・池谷直樹)や、鉄棒で懸垂するたびにハトのインサート映像が挟み込まれる理由(=顔がかぶるとディープフェイクが乱れる)をすぐに当てた瞬発力。さらに、15段の跳び箱に成功した後のガッツポーズの違いから、何テイクも撮っていたのを指摘したことには、「まさかあそこが拾われると思わなかったです」と驚かされた。
○■ロケ前には考えていなかった「ハトのインサート」
ディープフェイクは人の目・鼻・口を認識して処理されるため、もともと顔に何かかぶったり、食べたり飲んだりしているシーンは、別の映像カットを挟み込んだり、背後からの画に切り替えたりすることを想定していた。しかし、懸垂で鉄棒が顔にかぶってしまうことはロケ現場で気づいたため、その後の編集の段階でハトのインサートを差し込むことを発案し、川島の瞬時のツッコミも相まって、「この番組でしか見られない画や笑いが成功したなと思いました」と手応えをつかんだ。
そんな川島とともに重要な役割を担ったのが、一緒に密着VTRを見る向井慧(パンサー)と峯岸みなみ。川島がどんなに“ウソ密着”であることを訴えても、真のドキュメンタリーと信じる姿勢を徹底し、番組のバランスを保っていた。
そこの感度も抜群だったそうで、「おふたりとは30秒くらいで終わるような打ち合わせをしただけだったんですけど、VTRが始まって最初に川島さんが出てくるところで、すぐに“こういうことか”と気づいてくれました。うまく制作側に乗っかる方向でいろいろ展開してくれて、面白くしていただきました」と感謝する。
ネタを考えていく会議は、「川島さんの勝手なイメージを一からお話づくりできるので、本当に自由に話して楽しくやっていました(笑)」とのこと。ニセ川島の人選は、川島に“運動神経悪い芸人”のイメージがあるところで、「ムキムキでめちゃくちゃ運動神経良かったら面白いんじゃないか」という視点から、池谷直樹をキャスティング。ハリウッドザコシショウは、「川島さんが朝の顔で常識人というイメージがフリになって、そういう人が最後にめちゃくちゃやるのがいい」とオファーした。
●発展途上の技術で「ちょうど笑えるクオリティに」
ディープフェイクの加工は外部の技術者に依頼しているが、一度発注してから上がってくるまで1週間程度かかるのだそう。番組予算としても大きな割合を占めており、「それでスタジオにセットが組めなくなるくらいかかりました」と明かす。
また、「ディープフェイクはまだ発展途上の技術なので、今がちょうど笑えるクオリティだと思うんです。リアルになりすぎても、雑すぎてもちゃんとエンタメにならないので、わりといい時期にこの番組ができて良かったなと思います」と、タイミングがうまく合致。編集作業で何十回も見ている画だが、「何度見ても面白いんです。いろいろストーリーも考えましたが、この番組はやはり画が強いということに尽きると思います」と実感したそうだ。
ディープフェイクを使ったバラエティの企画と言えば、『クイズ!THE違和感』(TBS)で、千鳥・ノブの顔をした人物が本当は誰なのかを当てる「ノブ違和感」があったが、『カワシマの穴』では、「“ウソ密着”というところをどんどん立てて、制作側からも『ディープフェイク』という言葉は絶対言わず、“技術スゴイ番組”にはならないように、かなり気をつけました」と強く意識。
過去の川島の同じVTRや、当時1回しか放送していなかったMC特番『新装回転!ハナシ寿司』の映像を何度も使いまわして尺を埋めようとするなど、「“ダメな制作陣”を演出として打ち出していきました」と狙いを話した。
○■特徴的なSNS拡散のされ方、他局の制作者から反響も
深夜の放送にもかかわらず、視聴率は個人2.0%、世帯3.6%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)と堅調。「ディープフェイクというものがずっと画として面白くて、その中でさらに些細な面白いことが展開されていくという形でも、テレビ番組としてありなんだなと発見がありました。クイズやトーク番組のようにはっきりジャンル分けできない番組でも、目に留まれば多くの人に見てもらえるということも分かったのは大きいです」と収穫があった。
また、バラエティの場合は、テロップの入ったインパクトある場面のキャプチャ画像がSNSで拡散される傾向にあるが、この番組に関してはディープフェイクが外れそうになった瞬間など、特徴的な切り取られ方が目立った。
放送後には、『Raiken Nippon Hair』『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』などフェイクな番組で話題を集めるテレビ東京の大森時生氏や、『勇者ああああ』などで知られる同局の板川侑右氏からDMで感想が届いたり、日テレの先輩でもあまり接点のなかった橋本和明氏(『有吉の壁』など ※昨年末で同局退社)から連絡をもらうなど、業界内での反響も大きかった。
「ディープフェイクを使ったウソ密着ドキュメント」というフォーマットは、他のタレントにも適用できるが、「やっぱり川島さんのツッコミや目線というところはこの番組に不可欠なので、今後もご出演いただきたいと思います」と強く信頼し、第2弾にも引き続き出演する。“経験者”の立場からどんなコメントが飛び出すのか、注目だ。
●ネットの笑い、古い名作映画…趣味を企画に還元
これまで『ZIP!』『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』『ゼロイチ』『最強の頭脳 日本一決定戦! 頭脳王』などを担当し、現在は『カズレーザーと学ぶ』でディレクターを務める南斉D。情報番組や知的バラエティを作る機会が多かったが、もともとお笑い系番組を志望していたのもあって、「企画書はめちゃくちゃ出していました」という。
そうした中、入社7年目で初めて通った自分の企画が、『イワイ・オンライン』(22年7月22日放送、Huluで配信中)。全編PC画面だけで展開され、ハライチがMCを務めるトーク番組の収録を翌日に控えた岩井勇気の生態をのぞき見するという番組だ。岩井が実際にクリックして画面を動かしながら演技するという撮影スタイルによって、リアリティのある画作りに成功し、こちらも業界内で反響があった。
ニコニコ動画で加藤純一氏のゲーム実況にハマり、“ネットの笑い”にも親しんだという中高生時代。その後、大学時代は授業をサボって1人で映画を見に行っていたが、「ネットで情報を入れるようになって、僕らの世代からみんなが見てる流行みたいなのがなくなってきて、僕も例に漏れず古い名作や、台湾ニューシネマ、アメリカンニューシネマといったジャンルを好んで見ていました」という。
そうした自分の趣味を企画に還元。『マルコヴィッチの穴』→『カワシマの穴』は、まさにその例だが、「内容が似ちゃうと嫌なんで、見返さずにタイトルだけ引用しました」とのことだ。
○■面白いと思ったことを一気に発信できる――テレビの魅力
テレビ離れと言われる世代だが、「『モヤモヤさまぁ~ず2』とか『アリケン』とか『タモリ倶楽部』が大好きでよく見ていて、芸人さんが大好きなんです。ずるい話かもしれないですが、会社員でありながらクリエイターとして活動でき、自分が面白いと思ったことをものすごい放送網で一気に発信できるというのがすごく魅力に感じて、テレビ局に入りたいと思いました」と志望。
先ほど名前の挙がったテレ東の大森氏や、『ここにタイトルを入力』のフジテレビ・原田和実氏、『イワクラと吉住の番組』のテレビ朝日・小山テリハ氏など、各局で若い制作者の名前がどんどん出て活躍していることには、「もちろん刺激になります」と語る。
今後については、「自分ならではの着眼点で番組を作っていきたいというのはもちろんですが、それが一部の人たちだけ面白いと盛り上がるんじゃなくて、どんどん多くの人に伝えていけるようになりたいと思うので、エッジの効いた企画性と、それがきちんと理解してもらえるという相反することを、バランスを持って両立させる番組作りをしたいと思います」という南斉氏。
『カワシマの穴』においても、スタジオで本人がツッコミを入れ、最後にニセ川島を演じた人たちのオフショットを答え合わせ的に入れたのは、「新しさを求めるだけではなく、尖った番組を好まない人たちも、見たら面白いと思ってもらえるようにしたい」という意図があった。
ちなみに、「第7回NHK新人お笑い大賞」(2020年)優勝、「第43回ABCお笑いグランプリ」(2022年)準優勝のお笑いコンビ・令和ロマンの松井ケムリは中高の同級生。「お互いに頑張って、いつか一緒に面白いことができたらいいね、という話をしています」と夢を抱いている。
●南斉岬1994年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業後、16年に日本テレビ放送網入社。『ZIP!』を担当後、編成部に異動。制作に戻ると、『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』『ゼロイチ』『最強の頭脳 日本一決定戦! 頭脳王』などを担当し、22年に『イワイ・オンライン』『カワシマの穴』を企画・演出。現在は『カズレーザーと学ぶ』『女芸人No.1決定戦 THE W』などでディレクターを務める。