2023年03月04日08時30分 / 提供:マイナビニュース
●「ソユーズMS-22」宇宙船と「プログレスMS-21」補給船を襲った悲劇
かの名探偵シャーロック・ホームズは、次のような名言を残している。
「ありえないことを一つひとつ取り除いていった結果、最後に残ったものが、どんなにありえないと思えることでも、それが真実だ」。
昨年12月、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキング中のロシアの「ソユーズMS-22」宇宙船から冷却剤が漏れ出す事態が起きた。さらに約2か月後の今年2月には、同じくISSにドッキング中の「プログレスMS-21」補給船も同じように冷却剤が漏れ出す事態に見舞われた。この前代未聞の出来事の連続に、原因調査や対応をめぐって大きな混乱が起きた。
最終的にロシアは、ともにマイクロメテオロイド(微小隕石)や宇宙ごみ(スペース・デブリ)などが衝突し、穴があいたことが原因とする調査結果を発表。にわかには信じがたいものの、ホームズの言葉にしたがえば、この事件は解決したことになる。しかし、疑念が残るのも事実だ。
ソユーズMS-21の冷却剤漏れ
最初の事件が起きたのは、日本時間2022年12月15日の9時45分ごろのことだった。米国航空宇宙局(NASA)の担当者が、ISSに係留中のソユーズMS-22の後部から、なんらかの物質が漏れていることを発見した。
その後、ソユーズ宇宙船を運用するロシア国営宇宙企業ロスコスモスは、「ソユーズMS-22の機械モジュールの外板に損傷があり、熱制御システム(ラジエーター)の冷却剤が漏れ出したことを確認した」と発表した。
ソユーズMS-22は同年9月21日に、ロスコスモスのセルゲイ・プロコピエフ宇宙飛行士とドミトリー・ペテリン宇宙飛行士、NASAのフランシスコ・ルビオ宇宙飛行士の3人を乗せ、カザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。その約3時間後にはISSにドッキングし、係留され続けていた。
ISSには7人の宇宙飛行士が滞在しているが、このトラブルによる危険はなかった。また、ISS係留中のソユーズ宇宙船は電源を落とし休眠状態に置かれているため、ISSの機能への影響もなかった。
ただ、ソユーズMS-22の熱制御システムは完全に機能しなくなったことから、プロコピエフ宇宙飛行士らの帰還に使うことができなくなった。宇宙では、熱は地上と同じようには振る舞わないため、ラジエーターのような熱を制御するシステムを使って、船体や船内の各所を適切な温度に維持する必要がある。それが失われれば、宇宙船の機能、なにより中に乗っている人間の健康に悪影響を及ぼす。
そこでロスコスモスは今年1月、ソユーズMS-22の運用を事実上放棄するとともに、この3月に打ち上げ予定だった「ソユーズMS-23」宇宙船を無人で打ち上げ、プロコピエフ宇宙飛行士らを乗り換えさせ、地球に帰還させることを決定した(緊急脱出挺として引き続き使用)。
並行して、冷却剤が漏れ出した原因の調査も進められた。1月11日に開催されたNASAとロスコスモスの合同記者会見で、ロシアの有人宇宙計画の責任者を務める、ロスコスモスのセルゲイ・クリカレフ氏は、「マイクロメテオロイド(微小隕石)が秒速約7kmで宇宙船に衝突したために、冷却剤が通る配管が損傷し、漏洩が引き起こされた可能性が最も高いと結論付けました」と明らかにした。地上での再現実験でもその仮説が正しいことが確認されたという。
微小隕石は文字どおり小さな隕石のことで、数mmからそれ以下から目に見えないものまであり、深宇宙から地球周辺に飛来してくる。宇宙機に衝突する確率は非常に小さいが、過去には宇宙から帰還したスペースシャトルや回収した衛星の外壁に、微小隕石の衝突による痕ができていることが確認されている。しかし、宇宙機に損傷を与えるほどの大きさ、あるいは質量、エネルギーのものが衝突する確率はさらに低く、とくに有人宇宙船が航行不可能になるほどの事態を引き起こすことは史上初めてだった。
なお、事故発生時の前後に極大を迎えていた、ふたご座流星群の発生源である宇宙塵(ダスト、微小隕石の一種)の衝突という可能性は、飛来方向などの観点から除外されている。
クリカレフ氏はまた、スペース・デブリ(宇宙ごみ)が衝突した可能性も低いとした。これは、衝突時の速度から、地球を周回するデブリとは考えられず、深宇宙から飛来する微小隕石と考えるほうが、辻褄が合うからだという。
さらに、組み立て時の記録などを調査した結果、品質不良、すなわちマニュアルの不徹底や裏マニュアルの習慣化、欠陥を抱えたロットの部品、部材の使用、熟練技術者の退職などといったことが原因である可能性も低いとされた。1月11日の記者会見でクリカレフ氏は、「組み立て時の記録などを調査した結果、品質不良を裏付けるものはなにもありませんでした」と断言した。
また、事故のデータを共有し、共同で分析や対応にあたったNASAの担当者も、「すべての情報が、微小隕石の衝突が原因という可能性を示しています。これまでのところロスコスモスと見解は一致しています」とした。
こうしてソユーズMS-22をめぐる事件は、いちおうの解決を見たかと思われたが、そうは問屋が卸さなかった。
●原因はともに「外部からの影響」、結論は出るも残る疑念
プログレスMS-21からも冷却剤漏れ
ソユーズMS-22の事件が一段落し、代替となるソユーズMS-23の打ち上げ準備作業が続いていた2月11日、今度は「プログレスMS-21」補給船からも冷却剤が漏れ出す事故が発生した。
プログレスMS-21は昨年10月26日に打ち上げられ、2日後の28日にISSとドッキングし、補給物資などを送り届けた。その後はISSで出た廃棄物などが積み込まれ、2月18日にISSから出航、大気圏に再突入して燃え尽きる予定だった。
ソユーズMS-22のときと同様に、ISSに滞在している宇宙飛行士への危険はなかった。しかし、わずか2か月のうちに、異なる宇宙機でほぼ同じような事故が起きるということは前代未聞であり、原因や対応をめぐって大きな混乱が生じることとなった。
宇宙機に微小隕石が衝突すること自体は起こりうる。だが、それが一度だけであればまだしも、わずか2か月のうちに、異なる2機の宇宙機のほぼ同じ場所に、同じように微小隕石が衝突し、そして同じような事故を引き起こすということは確率的に考えにくい。もし確率的に十分起こりうることなら、ISSが運用されてきたこの四半世紀のうちに何度も起きているはずである。
こうした中、逆に有力視されたのが、品質不良が原因という可能性である。前述のように、ソユーズMS-22の事故調査ではこの可能性は否定されていた。しかし、プログレスMS-22で同様の事故が起きたことで、たとえば欠陥を抱えた同じロットの部品を使っていたり、そうした不良を試験で確かめるということが行われていなかったりといったことが原因と考えるほうが、説明はつきやすい。とくに、ソユーズとプログレスは構造や使用部品の多くが共通しているため、同じ時期に相次いで似たようなトラブルを起こした理由としても説明がつく。
また、ロシアの有人宇宙開発をめぐっては、この5年間に限っても品質不良が原因となった事故が相次いでいる。2018年には、「ソユーズMS-09」宇宙船に製造時に誤って開けられたと見られる穴が見つかり、空気漏れが発生。同じ2018年には、「ソユーズMS-10」宇宙船の打ち上げが失敗した。さらに2021年には、ISSの新モジュール「ナウーカ」が意図せずスラスターを噴射する事故を起こしている。こうした経緯からも、本当の原因は品質不良なのではという見方を増長させた。
実際、ロスコスモスもその可能性を否定できなかったようであり、クリカレフ氏は事故直後、「今後打ち上げ予定の宇宙船や補給船に影響を与える可能性があるため、これが他の機体にも共通する事象ではないことを確認する必要があります。打ち上げ準備作業、機体や部品に使用された材料、熱制御システムの組み立てに関して分析を行う予定です」と説明している。
さらに、2月14日にはロスコスモスが、ソユーズMS-23の打ち上げを2月20日から3月以降へ延期することを発表。プログレスMS-21でも冷却剤漏れが起きたことを受け、「原因を判明させる必要があるため」とした。
原因はともに「外部からの影響」
一方、同じ14日には、ロスコスモスはソユーズMS-22に開いた穴の写真を公開した。穴の直径は0.8mmで、穴や周囲の形状から、外部から微小隕石が衝突してできたものである――言葉を変えれば、内部から、たとえば部品の欠陥で破裂などを起こしてできたものではないと説明した。
さらに21日には、プログレスMS-21補給船に開いた穴の写真も公開。穴の直径はソユーズMS-22のものよりやや大きく12mmとされ、分析の結果、ソユーズMS-22と同様に、外部からの微小隕石などの衝突によってできたものと推定されるとした。一方、ソユーズMS-22では飛来方向などの点から微小隕石の衝突と結論付けられたが、プログレスMS-21に関してはそこまで限定されておらず、デブリの可能性にも含みを持たせている。
また、製造上の欠陥の可能性を検証するために、ソユーズやプログレスを製造するロスコスモス傘下のRKKエネールギヤは、過去15年間にわたる熱制御システムの製造、組み立て、試験に関する記録を調査したものの、問題は見つからなかったとした。
そのうえで、ソユーズMS-23の熱制御システムについて二重三重の確認を実施。そして打ち上げの準備作業が再開された。同船は2月24日に打ち上げられ、26日に無事ISSにドッキングしている。
ソユーズMS-22の穴の写真が公開されたことについて、またプログレスMS-21の事故原因についても、NASAは声明や見解を発表していない。ただ、ソユーズMS-22、23にはNASAのルビオ宇宙飛行士も搭乗することから、NASA側でも分析や審査を行っているはずであり、そのうえで異論がないということは、ロスコスモスの見解に同意しているものとみられる。
残る疑念
わずか2か月間に、異なる2機の宇宙機が同じような事故に見舞われるという前代未聞の事件は、「それぞれのほぼ同じ場所に、同じように微小隕石などが衝突したため」という結論となった。
もちろん、可能性が低いというだけであり、そのような事態が起こる可能性はある。また、熱制御システムの配管が通っている場所は、熱を外に逃がすために外壁が薄く造られており、ほかの場所よりも壊れやすいのも事実である。さらに、穴が開けば冷却剤が流れ出し、熱制御システムが故障して宇宙船が機能しなくなることに直結する、いわば急所、弱点でもある。
たとえばほかの場所であれば、デブリなどが衝突した際の衝撃を吸収するバンパー(ホイップル・バンパー)があるため、損傷を引き起こすほどの事態にはなりにくい。表面積が大きな太陽電池パドルも、小さな穴が開いたとしても、発電量が少し減るだけで大きな影響は及ぼさない。
つまり、これまでも微小隕石なども何度か衝突していたものの、当たった場所のおかげで目に見える形で影響は現れず、ところが今回偶然にも、弱点である熱制御システムに、それも連続して当たってしまい初めて顕在化したと考えられなくもない。
一方で、これまで何十年間にわたって同様のトラブルが起きなかったにもかかわらず、この2か月間に相次いで起きたという事実は、ISS周辺に飛来するデブリや微小隕石が増えたという解釈もできる。仮にそうであれば、今後も同様のトラブルが発生する確率は高いままということになる。その場合、数mmのデブリや微小隕石を検知して回避することは難しいため、たとえば熱制御システムを冗長化したり、宇宙船のダンパーを強化したりといった改修が必要になるかもしれない。事実、タス通信は2月23日付けで、RKKエネールギヤにより、ソユーズに熱制御システムのバックアップを搭載することが検討されていると報じている。
そしてまた、品質不良の可能性が完全に消えたわけではない。イズベスチヤ紙は1月25日付けで、RKKエネールギヤの代表を務めていたイーゴリ・オザール氏が辞任すると報じている。公式に理由は明らかにされていないため、あくまで邪推ではあるが、なんらかの責任を取らされてのものであることは否定できない。さらに、不可抗力の自然災害である微小隕石の衝突で生じた事故の責任を取った辞任とも考えにくく、不自然な点が多い。
いろいろと釈然としない結論ではあるものの、しかし専門家が写真をはじめとするあらゆるデータをもとに、あらゆる可能性を除外していった結果下されたものである以上、その判断自体は尊重されるべきだろう。いずれにせよ、本当に微小隕石などの衝突という避けようのない自然災害であったなら、今後同じようなトラブルが起きないことを祈るほかない。
○参考文献
・https://vk.com/roscosmos
・Space Station - Off The Earth, For The Earth
・https://tass.ru/kosmos/17125485
・https://iz.ru/1460225/2023-01-25/v-dvigatelestroitelnoi-korporatcii-rostekha-smenitsia-gendirektor
鳥嶋真也 とりしましんや
著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら