2023年03月08日12時00分 / 提供:マイナビニュース
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NTT東日本が、声を活用した自治体の防災対策支援に乗り出している。その基盤となるのが一斉情報伝達ソリューション「シン・オートコール」だ。「シン・オートコール」はAI音声読み上げ機能を備えたクラウドソリューションだが、住民と自治体の双方が無理なく利用できる使い勝手の良さから、導入を検討している自治体も出てきている。
今回、「シン・オートコール」の開発を担当している特殊局 担当課長の鈴木巧氏に話を聞いた。「シン・オートコール」が実用化にまでこぎ着けた背景には、自治体、地域の方々と実証実験を重ねてきた鈴木氏の熱い想いがある。
従来の電話機とクラウドを組み合わせたDX
いつどこで起こるかわからない災害。自治体にとって災害時の避難の指示、安否の確認などの対策は重要な課題だ。防災支援は時間との戦いでもあり、効率の良いやり方が求められている。デジタルは効率化と相性が良いが、住民全てがスマートフォンを使いこなしているわけではない。
そこで、NTT東日本が防災対策支援として提案するのが、使い慣れた電話とクラウドの組み合わせだ。その中核となるシステムが「シン・オートコール」だ。「シン・オートコール」はコア・アーキテクチャに、Amazon Web Services(AWS)のコンタクトセンターサービス「Amazon Connect」、対話型インタフェース構築の「Amazon Lex」、サーバレスコンピューティング「Amazon Lambda」を連携する形で構築されている。
鈴木氏が所属する特殊局は、2021年7月に正式発足した部署で、多くが兼務している。鈴木氏も人的セキュリティ対策のサービス主管という肩書きを持っており、オレオレ詐欺などの特殊詐欺に対する訓練サービスの開発が「シン・オートコール」のスタートだった。「電話やSMSを発信した後に、その結果が把握できる仕組みがあれば、特殊詐欺やフィッシングなどの対策訓練ができると思って始めました」と鈴木氏。
出来上がったプロトタイプを自治体に紹介したところ、防災、防犯見守りに使えるのではという意見をもらったという。「ニーズがある方向にプロトタイプを持っていけば、面白そうだなと思いました」(鈴木氏)
そして、鈴木氏はマーケティングを行い、投資計画を立て、リソースを投じて時間をかけてソリューションを構築するという従来のやり方ではなく、アジャイルに開発を進めた。幸い、クラウドならばすぐに開発できる。各地の訓練は数カ月程度で作り上げ、知見を蓄積してきた。かくして、「シン・オートコール」は「シン・テレワークシステム」に次ぎ、「シン」ブランドを冠したソリューションとなった。
「住民の皆さんが使っているのは電話機ですが、使っている機能や仕組みは最新のAWSを使っています。しかし、住民の皆さんはクラウドやAIを意識しているわけではありません」と、鈴木氏は説明する。
使う人にデジタルリテラシーを求めるDX(デジタルトランスフォーメーション)が多い中、「誰一人取り残さないという観点から共通するものは声。スマートフォンのタッチ操作が苦手な人も電話に向かって話すことはできます。そこで、音声通話と高度なクラウドサービスをつなぐことができれば、目指す世界観に近づくと考えました」と、鈴木氏は「シン・オートコール」に込められている想いを明かす。
なお、鈴木氏は大学では文系を専攻しており、プログラミングは未経験だった。2020年ごろから学び始めて、シン・オートコールを作り上げた。説明の動画やアイコンも同氏が手がけたという。
埼玉県上里町、岩手県陸前高田市で避難訓練を実施
「シン・オートコール」を活用して、災害時に避難を促すときの流れは、次のようになる。担当者が事前に登録しておいたエリアやリストを選択して、「送信する」を押すと、一斉同報が発信される。住民が電話をとると、「避難指示が出ています。避難できますか?『はい』か『いいえ』で答えてください」といったメッセージが流れる。住民は電話に向かって「はい」または「いいえ」と話すだけでよい。
音声認識技術により、住民の回答情報が登録される。また、住民側の端末はスマートフォン、固定電話のどちらでもよい。自治体の担当者は、管理画面で住民一人一人がどのように返事をしたのかが即座にわかる。もし「いいえ」と回答した住民がいたら、その人に対して適切な支援が行える。
2021年9月には埼玉県上里町で、また、2022年3月には岩手県陸前高田市で、「シン・オートコール」を活用した避難訓練を行った。避難訓練において、「シン・オートコール」は災害警戒の発信と確認の手段として好評だったという。
折しも、2021年5月に災害対策基本法が改正された。「避難行動要支援者の円滑かつ迅速な避難を図る観点から、個別避難計画の作成が努力義務化されています。支援をする方、される方をどのようにつなぐかが自治体の課題となっており、シン・オートコールでは発信の対象者様だけではなく、支援者の方まで登録できます」と、鈴木氏は語る。
自治体の「避難できますか」というという問いに対し、住民の「はい」という回答がその人の支援者に届けば、自治体が助けに行く必要がなくなる。つまり、自治体は助けにいかなければならない人のみに支援を集中できる。
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使い手の人々との共創で見えてきた課題を解決
鈴木氏が「シン・オートコール」を開発する中で最も大切にしたことは、実際に使う人々と共創することだ。鈴木氏は90以上の自治体や警察・消防機関などを周り、意見を聞いたという。「完成したシステムを導入して人がそれに合わせるのではなく、使う人にシステムが合わせるというフィッテイングを大切にしました」と同氏はいう。
自治体を周るうちに、共通している課題や困りごとも見えてきた。それは、「防災無線が聞こえにくい」「問い合わせが自治体に殺到するなど職員への負荷が大きい」といったことだ。
「はい」「いいえ」と回答する形式にしたのも、音声認識の精度の現状と方言を考慮した結果だ。音声についても、AIが生成した音声ではなく、市長が名乗った後に「私も逃げるので、みなさん必ず逃げてください」などと語りかけたら効果がある場合は、録音した音声を使うこともできる。
住民側も「はい」「いいえ」だけでなく、自由に話せるように設定できる。もし、何かしらの被害を受けた場合は、「怪我をしています」「動けません」など、自分の状態を伝えることが可能だ。管理画面では、読み取った文章を表示するだけでなく、住民の声を再生できるボタンも用意されているので、住民の生の声を確認でき、折り返しや伝言等の業務について省力化が期待できる。
そして、鈴木氏が何より大切にしていることは、事前のトレーニングだ。いきなり「シン・オートコールを」導入するのではなく、防災訓練で使ってみて、自治体も住民もよいと判断してから本格導入してもらいたいという。
鈴木氏は、地域の方々と目線を合わせるために作業服で訪問するなどの工夫もした。その甲斐あってか、地域に入り込まなければ得られないような信頼関係も芽生え始めているという。岩手県の総合防災訓練では、担当者が「NTTのコンピュータから電話がかかってくる」と住民に話し、それが住民の間で広まることで、訓練がスムーズに進んだそうだ。
「地域に入り込む」×「アジャイル開発」で社内も顧客も変わる
鈴木氏が所属する特殊局は、アジャイル開発を積極的に推進している。そうした姿勢は、いい変化を生んでいるという。「社外のベンダーさんにシステム開発をお任せしていた頃と比べると、バグがあれば自分たちが修正しなければならない、と覚悟が変わってきます」と同氏。
これに加え、自治体と一緒に作る共創の形をとることで、相手の反応にも変化を感じているという。「『うまくいかない』『こうしてほしい』などの連絡を受けたら、『わかりました。修正します』とその場で対応します。すると、お客様は『そんなことがすぐにできてしまうの?』となる。これまでならクレームと言われていたものが、改善点につながります」と、鈴木氏はアジャイル開発のメリットを語った。
社内でも変化が出始めている。技術部隊である設備部門が、自分たちでシン・オートコールを作ろうという動きもあるという。例えば、テルウェル東日本が落札した東京都の特殊詐欺啓発事業ではシン・オートコールが組み込まれたシステムを構築、設備部門が担当する予定だ。
これまでは設備の保守を中心に行っていた設備部門だが、内製化の掛け声の下でルータやサーバの工事を実施する動きが広がっており、今後、同部門のビジネスはクラウドに拡大していく予定とのこと。
鈴木氏が開発した「シン・オートコール」は、自治体の防災対策ソリューションとして訴求していくと同時に、ターゲットも広げていく。その例が福祉分野だ。「防災ともつながりが強く、健康確認において『シン・オートコール』の仕組みを使うことで、人手不足に悩んでいる福祉協議会の方々をサポートできるのではと考えています」と、鈴木氏は今後の展望を力強く語っていた。