2023年02月27日13時13分 / 提供:マイナビニュース
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東京工業大学(東工大)は2月24日、「量子もつれ」を用いて量子状態を送受信することで盗聴を不可能にする「量子ネットワーク」への応用が期待されている、ダイヤモンド中の「スズ-空孔(SnV)中心」において、複数のSnV中心から発光波長と発光線幅がほぼ同一のフォトンを生成することに成功したことを発表した。
同成果は、東工大 工学院電気電子系の岩﨑孝之准教授、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の谷口尚拠点長、産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センターの宮本良之上級主任研究員、量子科学技術研究開発機構 高崎量子応用研究所の小野田忍上席研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する応用物理学全般を扱う学術誌「Physical Review Applied」に掲載された。
量子ネットワークにおいて、送受信および中継点の各点をなす固体量子光源として、ダイヤモンド構造に異種元素を導入した材料の研究が進む。研究チームはこれまで、異種元素に重いIV族元素のSnを用いたSnV中心に関する研究で成果を挙げてきた。Snは、シリコン(Si)などを用いた量子光源よりも高い温度で量子状態を保存するためのスピン特性に優れているとする。スピン特性は、量子ネットワークにおける情報伝達においてその情報の保持を担うものであり、希釈冷凍機を必要としない温度での量子情報保持は実用上重要だ。
ただしこれまでの研究では、量子もつれ生成のための光学特性として、同一の発光波長および発光線幅を有する複数の量子光源の形成が求められる点において、課題があったという。具体的には、母体材料であるダイヤモンドの格子による歪みによって、容易に各量子光源の発光波長がずれてしまい、同一の発光波長および発光線幅を有するSnV中心を複数形成させることが実現できていなかったのである。
そこで研究チームは今回、ダイヤモンド基板への18MeVという高エネルギーでのSnイオン注入後に、高圧下において加熱処理を行うことで高品質SnV中心を形成することにしたという。その結果、SnV中心はダイヤモンド表面から3μm程度の深さで形成され、基板表面の格子歪みの影響を抑制。さらに、2100℃での加熱処理により、イオン注入時に発生した格子欠陥や歪みを効率的に回復させることにも成功したとする。
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今回形成されたSnV中心は、格子間にSn原子が配置され、その両隣が空孔という構造で、同構造内に局所的に存在している電子が光励起された後に緩和することで発光する。電子が作るエネルギーレベルは基底状態および励起状態とも2つに分裂しているため、複数の発光線が観測される。
ただしこれまでは検出器の分解能の問題から、SnV中心からの発光(PL)スペクトルでは、SnV中心の真の発光波長および発光線幅を評価することができなかったという。そこで今回は、高精度波長可変レーザおよび波長計を用いて、発光励起分光(PLE)測定が実施された。発光周波数がシフトした3個の明確なピークが確認され、第一原理計算を含めた理論計算から、これらは3種類のSnの同位体からなるSnV中心に対応していると考えられるとした。
量子光源の形成条件から、その3個のうちで最もカウントが高いP1ピークが120Snを含むSnV中心由来の発光であり、P2が119Sn、P3が118Sn由来と推測された。同位体を区別した119SnV中心の観測は、長時間の量子状態保存を可能とする核スピンメモリにつながるものだという。またP1ピークの半値幅は3.9GHzと非常に狭く、作製された量子光源が高品質であることが示されているとした。この狭い発光周波数分布のため、非常に近い発光周波数および発光線幅を有する複数のSnV中心の観測が可能になったという。
次に、1つのダイヤモンド基板(サンプル1)内の複数のSnV中心からのPLEスペクトルが計測された。その結果、内側の2つのスペクトルの発光線幅は35MHzおよび38MHzであり、物理限界である自然線幅31MHzに非常に近く、理想に近い状態であることがわかった。この2つのスペクトルの中心周波数の差は4MHzと自然線幅の1/8程度に収まっており、研究チームによると、ほぼ同一の性質を持つフォトンが生成されていると考えられるという。さらに、もう1つの異なるダイヤモンド試料(サンプル2)においても、サンプル1のSnV中心と同一なフォトンを生成するSnV中心が確認されたとした。
研究チームは今後、今回作製された高品質SnV中心を用いることで、離れた位置にあるSnV中心間の2光子干渉計測およびスピン特性と合わせた量子もつれ形成へと研究を進展させていくとした。