2023年02月20日21時20分 / 提供:マイナビニュース
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東京工業大学(東工大)とアクセルスペースの両者は2月20日、放射線センサ搭載の新たなフェーズドアレイICを用いて、「耐放射線Ka帯フェーズドアレイ無線機」の開発に成功したと共同で発表した。
同成果は、東工大 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の白根篤史准教授、同・工学院 電気電子系の岡田健一教授、同・戸村崇助教、アクセルスペースの共同研究チームによるもの。詳細は、米国サンフランシスコで2月23日(現地時間)まで開催される国際固体素子回路会議「ISSCC 2023」にて発表される。
低軌道の通信衛星が衛星コンステレーションを実現しようとした場合、アンテナを常に地上の特定の地点に向けるのと同時に、仲間の衛星にも向ける必要がある。その場合、アンテナの向きを衛星の姿勢制御で変更しようとすると競合が生じてしまうため、姿勢制御だけで2方向への通信は困難だ。
そこで期待されるのが、電気的な指向性制御によって通信方向を所望地点へ向けられるフェーズドアレイ無線機だ。同無線機は現在、ミリ波帯5G通信用に量産化されているが、それらは小型化・軽量化・低コスト化のため、アンテナとフェーズドアレイICが基板上に一体化されている。過酷な放射線環境である宇宙では、ICを厳重な放射線シールドに覆われた衛星筐体内部に搭載したいが、一体化のために筐体外側のアンテナ近くに設置せざるを得ず、それが衛星に搭載する際のネックとなる。十分にシールドされていない環境では、時間の経過に伴って放射線によるICへのダメージが累積し、性能が徐々に劣化していく総電離線量(TID)効果が問題となっていた。
そして、フェーズドアレイ無線機に対する放射線の影響はもう1つある。同無線機は、衛星通信の回線設計によっては数千素子の規模になり、今回の研究で対象とされたKa帯においては数千cm2になることもある。このような大面積のアレイの場合、放射線劣化が一様に進むとは限らない点も留意する必要がある。各アレイ素子が一様に劣化した場合は、全アレイ素子で利得を一律に増やすといった対処も可能だが、劣化が一様でない場合は、まず各アレイ素子の劣化の分布を知る必要があった。
そのため今回の研究では、無線機を構成するフェーズドアレイICに放射線センサを搭載し、全アンテナ素子(アレイ上のあらゆる位置)で放射線劣化の検出を可能にすることにしたという。またその検出値に基づいて、無線機性能の劣化を補償できるようにもしたとする。
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プロトタイプの耐放射線Ka帯フェーズドアレイ無線機は、64素子のアレイアンテナおよび16チップのフェーズドアレイICで構成された。各アンテナ素子は、右旋・左旋の両円偏波に対応する2つのポートを持つため、1つの同ICに対して4つのアンテナ素子が接続される。また1つの同ICは、4つの放射線センサと8系統の受信機を持っており、受信機はそれぞれ4素子の両偏波対応アンテナに接続され、各アレイ素子の放射線劣化をIC内部の直近の位置で検出することが可能だ。そして、安価で量産可能なシリコンCMOSプロセスで製造され、ウェハレベル・チップ・スケール・パッケージ(WLCSP)パッケージが採用された。
無線機を実際に試作し、高速通信性能および低消費電力特性の評価を行った結果、高速通信が可能なKa帯の25.9~30.1GHzにおいて動作し、受信感度を決める雑音指数は3.6dBであることが確認された。また併せてOTA測定が行われ、256APSK変調時に、右旋・左旋の両円偏波にて最大で8Gbpsの通信速度が達成された。さらに、同無線機の消費電力は1系統あたり2.95mWであり、最新のフェーズドアレイ無線機と比較しても、5分の1以下の低消費電力化に成功したという。
加えて、同無線機に対する放射線照射(コバルト60ガンマ線)が行われ、照射された総電離線量の検出と無線機性能劣化の補償を行うことで、有効性が確かめられた。放射線による劣化が一様ではなく勾配を持つように、各アレイ素子と線源の距離が異なる形でフェーズドアレイ無線機が配置され、各アレイ素子で放射線センサを用いた総電離線量の検出が行われた。
研究チームによると、放射線センサは全部で64個あり、それぞれのアレイ素子に対応した総電離線量を計算で求めたのち、その値と、実際に放射線センサで得られた検出値の比較により、開発された放射線センサで良好な検出特性が得られていることが確認されたという。さらに、検出値を用いて各素子における特性劣化を補償することで、2dB以上の利得性能の改善に成功したとする。
なお、今回の研究の耐放射線無線機は、並行して研究開発を進めている省電力送信系のフェーズドアレイ無線機と共に、数年以内にアクセルスペースが開発する小型衛星に搭載され、衛星コンステレーションを構築するための実験衛星として打ち上げられる予定だとしている。