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視聴率から解き放たれた後に何が起きるのか… 阿武野勝彦×佐野亜裕美<3>「“やるべき”ことと“やりたい”こと」

2023年02月20日12時00分 / 提供:マイナビニュース

●「ヤクザについての番組やりたいっすよ!」「ああ、いいね」
『さよならテレビ』(東海テレビ)と『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ)。ドキュメンタリーとドラマでジャンルは異なるものの、“テレビ報道”の裏側を描くというタブーに切り込んだ自己批判の姿勢に、業界内外で大きな反響があがったが、それぞれのプロデューサーを務めた阿武野勝彦氏(東海テレビ)と佐野亜裕美氏(カンテレ)は、互いの作品に強く励まされていたという。

今回、そんな2人の初対談が実現。全4回シリーズの第3回は、ドラマや報道の現場でも起こっている“指標の変化”の話題に。『エルピス』脚本の渡辺あや氏が佐野氏に伝えた「“やるべき”では続かない」という言葉が意味するものとは――。

○■ドラマプロデューサーが最も心血を注ぐこと

阿武野:“これをやらなければドラマプロデューサーとは言えない”というものは、何ですか?

佐野:脚本作りですかね。ドラマは脚本家と監督が違う方が担当するのがほとんどなので、脚本を読んだ100人くらいのスタッフがそれぞれいろんなイメージをしながら、ちゃんと同じところに向かっていけるようなものを作らなきゃいけないというのがあるんです。プロデューサーにはキャスティングが好きな人も、現場の管理が得意な方もいると思うのですが、企画を立ち上げたプロデューサーが一番心血を注がなきゃいけないのは、脚本作りかなと個人的には思っています。

 渡辺あやさんともまた一緒にドラマを作りたいなと思って、自分としては「これだ!」と思って打ち合わせに持って行ったんですけれど、「それはあなたが“やるべき”だと思ってるもので、“やりたい”ことではない。“やりたい”ことをやらなきゃダメです。全身全霊をかけて作品を作るのに、“やるべき”では続かないです」と言われました。「例えば高校球児たちも、本当はサッカーが好きなのに野球をやってたら甲子園なんか行けません」って。阿武野さんはこれまで、本当にいろんなテーマのドキュメンタリーを作ってこられてると思っているんですが、どうやってテーマを決めて作ってらっしゃるんだろうというのを、今日はぜひ聞きたいと思って来たんです。

阿武野:僕がディレクターのときは、本気で伝えたいこと、知りたいこと、会いたい人ですよね。今はプロデューサーになって、東海テレビの場合は報道局に記者と呼ばれる人たちがたくさんいるんですけど、その中で、「どうしてもこれを番組にしたい」と思ったら僕の席に来て、「ヤクザ(についての番組)やりたいっすよ!」とか言うんです。僕は「ああ、いいね」って答えることにしています。それは、どんな話でも。やっぱり年齢を重ねてきたせいで、「あの人には言いづらい」っていう妙なものを纏(まと)ってしまったのが分かるんです。それでも僕の席に来てくれたわけで、ディレクターのハートはすでに熱くなってるわけで、本気なんです。だから話を聞いて、「それはやんないほうがいい」というようなマイナスの話を出したことは、この10年くらい一度もないですね。

――佐野さんのようなドラマプロデューサーは自分で企画を立ち上げるのに対して、阿武野さんは企画を受けて推進するという形ですね。

阿武野:目いっぱいやりたいことを持ってくるので、スタッフを組んで取材が始まったら、放置するんです。たまにカメラマンが状況を教えにきてくれて、頃合いを見計らって僕がディレクターに「こういうふうにしたらどうなの?」って言ってみたりする。そんなコントロールの仕方で、ほとんど放置です。で、編集第一稿が上がってきたら、「みんな集まれー」ってチームのメンバー全員でモニター(試写)して、ああでもないこうでもないって言うのを1時間以内でやって、「さあ行こうかー」ってみんなで酒飲んじゃう。会議っていうのは全くやらないですね。

佐野:それぞれと話しながら進めていくんですね。

阿武野:席に座ってグジュグジュ言い合うの、わざわざ集めて面倒くさいじゃないですか。それよりみんなで楽しくご飯食べてるほうがいろんなアイデアが出るし、酒入ってケンカが始まったりすると、何だか面白いし(笑)。1本番組が終わるとスタッフはまた強固な関係になっていく。

●視聴率が振るわなくても社長賞の『大豆田とわ子と三人の元夫』

阿武野:僕はドラマを見るのが好きで、一時期企画がちょっと枯渇したなっていう感じでしたけど、最近テレビドラマが面白くなっている気がしてます。人材が育ってきたのか、会社の縛りが緩くなってきたのか、配信系に出すとか集金システムが変わることによって地上波でウケなくてもいいんだという考え方になったのか。様子が変わってきたなと思うんですけど、マーケティング的なことをやりすぎると失敗するぞと思ってるんですよね。

佐野:まさに今、そこが怖いところだと思っています。2021年に放送した『大豆田とわ子と三人の元夫』は、視聴率はあまり良くなかったんですが、国内・海外での番組販売がとてもうまくいきまして。それで、最終的な収入という面で会社にも評価してもらい、社長賞を頂きました。視聴率が低いドラマに社長賞をくれる会社ってすごいなって思いましたし、勇気をもらったというか。視聴率だけ考えてドラマを作らなくていいんだっていうことを会社が認めたっていうことになるわけじゃないですか。それってすごくいいことだと思う反面、例えば海外マーケットに売れるとか、配信のランキングで1位になることが目的になっていいのかと。

 今わりとその方向になりつつあって、そればかりに流れていくと、視聴率からようやく解き放たれたのに、結局そっちに指標が移っただけっていうことにならないかというのを、最近感じています。「地上波放送だけでは制作費を回収できないから、二次展開で回収できる企画やキャスティングで」というオーダーがあったりとか…。

阿武野:そうなんですか。実は、報道の現場でも同じようなことが起こってるんですよ。この前、講演に行った富山で聞いたんですが、ネットに出してアクセス数が高いのを見て、「こういう傾向の題材をニュースで取り上げよう」みたいな話になってきてるんですね。そうやって下手なマーケティングをやっていくと、自分が知ってどうしてもみんなに知らせたいっていうものを持てなくなっちゃう。誰のために、何のためにニュースをやるのか分からなくなるんじゃないかという話になったんです。

佐野:たしかに。

阿武野:だけど逆に、長崎の放送局のディレクターが、原爆に関連する特集をやったんですが、そのときデスクに「また原爆か」って言われてショックを受けたんだけど、それをネットに出したら相当なアクセス数があって、「見られている」「関心がある」と。ネットに支えられて、やりたいことがやれる、と。

佐野:難しいですね。その価値を否定してしまうと、本当だったらその前に落ちてしまうような企画が救われることもあるんだけど、それ一辺倒になってしまうと、結局また元に戻るだけ…みたいな。

阿武野:一番大事なのは自分が知りたいことを取材することだという思いを持っていないと、「皆さんが求めるものを皆さんのために」みたいなことを言いながら、実は自分が空っぽになっちゃったら本末転倒ですからね。

佐野:渡辺あやさんが言っていた「“やるべき”はやるな」も、そういうことなのかもしれないですね。

阿武野:勢いが違いますもんね。「この人、本気だ」っていうのは、やっぱり画面からにじみ出てくるものですから。

佐野:それと、渡辺さんは「放っておいても考えてしまう、お風呂に入ってもふと考えてしまうことのほうが省エネじゃないですか」って言われるんですよ。企画を動かすための取材をしようとか、これをやるべきだから取材しなきゃというエネルギーを発電しなくて済むんだから、すごい省エネですよって。

次回予告…「『チョコレートな人々』と人間の価値」

●阿武野勝彦1959年生まれ。静岡県伊東市出身、岐阜県東白川村在住。同志社大学文学部卒業後、81年東海テレビ放送に入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。ディレクター作品に『村と戦争』(95・放送文化基金賞)、『約束~日本一のダムが奪うもの~』(07・地方の時代映像祭グランプリ)など。プロデュース作品に『とうちゃんはエジソン』(03・ギャラクシー大賞)、『裁判長のお弁当』(07・同大賞)、『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。劇場公開作は『平成ジレンマ』(10)、『死刑弁護人』(12)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12)、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(13)、『神宮希林』(14)、『ヤクザと憲法』(15)、『人生フルーツ』(16)、『眠る村』(18)、『さよならテレビ』(19)、『おかえり ただいま』(20)、『チョコレートな人々』(23)でプロデューサー、『青空どろぼう』(10)、『長良川ド根性』(12)で共同監督。鹿児島テレビの『テレビで会えない芸人』(21)では局を越えてプロデュース。個人賞に日本記者クラブ賞(09)、芸術選奨文部科学大臣賞(12)、放送文化基金賞(16)など。「東海テレビドキュメンタリー劇場」として菊池寛賞(18)を受賞。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21・平凡社新書)。

●佐野亜裕美1982年生まれ、静岡県富士市出身。東京大学卒業後、06年にTBSテレビ入社。『王様のブランチ』を経て09年にドラマ制作に異動し、『渡る世間は鬼ばかり』のADに。『潜入探偵トカゲ』『刑事のまなざし』『ウロボロス~この愛こそ、正義。』『おかしの家』『99.9~刑事専門弁護士~』『カルテット』『この世界の片隅に』などをプロデュース。20年6月にカンテレへ移籍し、『大豆田とわ子と三人の元夫』『エルピス-希望、あるいは災い-』、さらにNHKで『17才の帝国』をプロデュース。23年1月に映像コンテンツのプロデュースや脚本作り、キャスティングなどの支援を行う「CANSOKSHA」を設立。『カルテット』でエランドール賞・プロデューサー賞、『大豆田とわ子と三人の元夫』で大山勝美賞を受賞。

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