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“ど真ん中”を描いたドラマに現役報道マンは… 阿武野勝彦×佐野亜裕美<1>「『エルピス』の反響とテレビの矜持」

2023年02月18日12時00分 / 提供:マイナビニュース

●ものすごく怒っている手紙が届く
『さよならテレビ』(東海テレビ)と『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ)。ドキュメンタリーとドラマでジャンルは異なるものの、“テレビ報道”の裏側を描くというタブーに切り込んだ自己批判の姿勢に、業界内外で大きな反響があがったが、それぞれのプロデューサーを務めた阿武野勝彦氏(東海テレビ)と佐野亜裕美氏(カンテレ)は、互いの作品に強く励まされていたという。

今回、そんな2人の初対談が実現。全4回シリーズの第1回は、『エルピス』に寄せられたこれまでになかった反響や、“悔しさ”から生まれた映像の質へのこだわりなどを、佐野氏が明かした――。

○■ターゲットを想定しないことで反響の種類が広がった

阿武野:『エルピス』は、反響がすごいんじゃないですか?

佐野:これまで作ってきたドラマとは、また違う反響なんです。「普段全然テレビドラマを見ないんだけど…」とか、「10年ぶりにテレビドラマを見たんですけど…」といった前置きが付けられてることが多くて。法曹界の方やえん罪被害者のご家族の方から反響を頂くこともありましたし、メールではなく、お手紙も多かったです。自分で作ってると客観的に見るのがなかなか難しいのですが、そういう反響を見て、刺さる方には深く刺さる何かがあったんだなというのを、改めて実感しました。

阿武野:そうなんですか。

佐野:逆にものすごく怒っているお手紙をくださる方もいて。そこが面白いところでもありますね。

阿武野:そういう反響は、今までなかったんですね。

佐野:これまでは、作る側として「こういう方に見てほしい」と、なんとなく想定した方からの手紙は何通かあったんですけど、今回はそういう想定をしないで作ったので、意外なところに刺さった部分がありました。

阿武野:ターゲットを想定しないで作ったことによって、反響のバリエーションに広がりがあったんですね。

佐野:今までは、自分の親友とか、17歳の頃の自分とか、わりと特定の個人の顔を思い浮かべて作ることが多かったのですが、今回は放送よりだいぶ前に脚本を作ってしまって、具体的な誰かに向けてみたいなことがないままのスタートでしたので、こういう反響を頂いて驚いているところですし、勉強になりました。

○■“腫れ物感”があるドラマだった?

阿武野:現役のテレビマン、とりわけ報道の現場にいる人たちからのリアクションはありましたか?

佐野:ありました。それは社内ではなく社外の、特に女性が多かったです。私自身は全然知らなかったんですけど、大手マスコミに所属する方々が集まって自主的に勉強会をされているグループがあって、そのいくつかから熱い感想を頂いて、ぜひお話ししに来てほしいと言っていただいたりして。

阿武野:富山県にNHKと民放3局の報道関係者のジャーナリズム勉強会があるんですが、先日、そこで講演をしました。で、「みなさん、『エルピス』はご覧になりました?」って聞いてみたんです。

佐野:あー、胸が痛い!

阿武野:出席者は、キャスターや記者、デスク、報道部長、報道局長と富山でテレビジャーナリズムを担っている30人くらいの人たちなんですけど、「見た人?手を挙げてください」って言ったら、何と半分なんです…。ちょっと拍子抜けして、「見てない人が半分もいるってどういうこと!?」って。

佐野:いやいや、ありがたいです。視聴率もそんなに高いドラマではなかったので…。

阿武野:いや、テレビマンとしては視聴率が低いと僕は思った。東海テレビの報道フロアの僕の周りでは、「『エルピス』見た?」って、なぜか小声でしゃべってます。高校生の頃に、いやらしいことばっかり言ってる深夜放送について、友だちと話したいけど女子の前では言えないみたいな感じ(笑)

佐野:(笑)

阿武野:それとは全然性質が違うんだけど、「見た? 見た? 何か、やられちゃいますねぇ」って不思議な会話になるんですよね。でも、こんなテレビ局の、それも報道のど真ん中を描いたドラマを、見てないなんて、感度が悪すぎないか…と。実際、そこから、講演がちょっとアジテーションみたいになっちゃって…。

佐野:やっぱり、ちょっと“腫れ物感”があるんだろうと思います。カンテレの社内でもきっとあったんだと思うのですが、私は東京支社にいて、かつ現場中は会社に出勤するのが月1くらいなので、実際に社内がどういう感じだったのかがあんまり分からなくて。特に大阪本社の報道フロアがどうだったのかが分からないまま始まり、分からぬまま終わってしまったところがあります。『大豆田とわ子と三人の元夫』というドラマをやったときは、わりと気軽に「面白かったよ」といった感想を頂いたんですけど、今回はそれが全然なくて、大丈夫なんだろうか、社内で問題になったりしてるんだろうか、でもそれも聞こえてこないし、黙殺されてるのかしら…とかいろいろ不安になって。

阿武野:きっと論評するのが難しいんですよ。

●最終話を4回見て必ず涙が出るシーン

――阿武野さんは、『エルピス』をどのようにご覧になったのですか?

佐野:ぜひお伺いしたいです。

阿武野:最終回(第10話)は録画したものを4回見て、見るたびに泣いてしまうんですよ。

佐野:ありがとうございます。私より見てる!(笑)

阿武野:1話から9話まではNetflixでもう1回全部しっかり見直しました。止まらなくなるんですよね。もう、僕の夜を返してっていうくらい(笑)。何が自分を泣かせるんだろうと考えながら見ていたら、若干絞られてきました。涙が出ちゃうのは、チェリーさん(三浦透子)が玉ねぎを切る最後のシーンでした。必ずやられちゃう。

――死刑囚から釈放された松本に、思い出のカレーを作っているところですね。

阿武野:あのシーンは、僕の感情を激しく揺さぶる“信号”がある。グッとくる部分なんですよ。全話見直して、誰に感情移入しているのかも考えてみたんですけど、その対象は一人ではないんです。主役の3人、アナウンサー(浅川恵那=長澤まさみ)、若いスタッフ(岸本拓朗=眞栄田郷敦)、エース記者から外に飛び出す人(斎藤正一=鈴木亮平)だけじゃなくて、報道から情報バラエティのプロデューサーに飛ばされた村井(岡部たかし)というキャラクターにも、こういう部分が僕にもかなりあるな…とか思いつつ。だけど、『エルピス』に関しては、この人一人に感情移入できるかというと、とりわけテレビマンには、安易な感情移入を許さない作りになっているという気がしたんですね。

○■映画スタッフのチームに「舐められてる空気を感じた」

阿武野:制作サイドの技術的な話ですが、僕はドキュメンタリーを作るときに、スタッフワークが大事だと思っていて、ディレクターが一人で小さいカメラでショショッと撮ってくるのもいいんですけど、大きなカメラでカメラマンがきちんと撮って、映像の質も考えながら作るようにしています。どんなに撮れてるものがすごくても、テレビは総合芸術ですから、作品になったときに映像が落ちないものにしたい、作り手としてそこは懸命にやっていこうと思っています。で、そこなんですが、『エルピス』は映像の質と編集の切れ味の良さが抜群、まあすごいなと思いました。

佐野:ありがとうございます。映像の質の話で言うと、映画とテレビドラマの間には深い谷や高い壁がありまして、昔よりは双方のスタッフの行き来はあるものの、やっぱり映画は芸術・アートで、テレビはそこに至らないと思われていて。作り方の大きな違いがあるので仕方ない部分もあるんですが…。私が最初に映画のスタッフと一緒にドラマを作ったのが、2015年にやった『おかしの家』という深夜ドラマで、最初は自分自身が舐められてる空気を感じていました。自分以外は全員映画のチームで、私だけ“テレビ局からやってきた財布を握ってる人”みたいな扱いで。でも、私は本当に現場が大好きで、基本、毎日朝から晩までずっといるので、だんだん“こいつは話できるやつだな”みたいになってきて、最終的にはみんなと仲良くなったんですけど、やっぱりそのハードルの高さを感じて、悔しかったんです。なので、特にTBSを出てからはより意識してるんですけど、映画の隣に並んでも恥ずかしくないルック(見え方)にしようと。そこにお金をかけるために事前にできるだけ台本を完成させるとか、ロケーションを減らしてその分をよい映像を撮ることに回そうとか、そういったことを心がけています。

 映画とテレビドラマの一番の違いは、“時間の省略”だと思っていまして。例えば、映画だと私が目の前のペットボトルを手に取って、フタを開けて、飲むという動作がカットされることなく、その時間のまま映されることがほとんどだと思うのですが、テレビだとペットボトルを取って、向かいにいる阿武野さんのリアクションの顔を映して、切り返したら、フタを開ける時間とかは省略されてもう私は水を飲んでいる…という時間の省略によるテンポで見せていくところがあるので、映画と同じルックを作るというより、テレビなりの、テレビだからできる良い見せ方があると思っているんです。私は撮影機材については全然詳しくなくて、餅は餅屋ですし、信頼できるプロに任せればいいと思っているのですが、テレビ画面、テレビのモニターに映ることを意識したルックの作り方とか、暗い、重い社会派作品に見せたくないから、あんまり黒を締めすぎないでほしいといったお願いをしています。

阿武野:なるほど、レンズの質など映像へのこだわりが、これまでにないオシャレな感じにつながっているんですね。

次回予告…「番組の物議と系列局の懐」

●阿武野勝彦1959年生まれ。静岡県伊東市出身、岐阜県東白川村在住。同志社大学文学部卒業後、81年東海テレビ放送に入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。ディレクター作品に『村と戦争』(95・放送文化基金賞)、『約束~日本一のダムが奪うもの~』(07・地方の時代映像祭グランプリ)など。プロデュース作品に『とうちゃんはエジソン』(03・ギャラクシー大賞)、『裁判長のお弁当』(07・同大賞)、『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。劇場公開作は『平成ジレンマ』(10)、『死刑弁護人』(12)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12)、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(13)、『神宮希林』(14)、『ヤクザと憲法』(15)、『人生フルーツ』(16)、『眠る村』(18)、『さよならテレビ』(19)、『おかえり ただいま』(20)でプロデューサー、『青空どろぼう』(10)、『長良川ド根性』(12)で共同監督。鹿児島テレビの『テレビで会えない芸人』(21)では局を越えてプロデュース。個人賞に日本記者クラブ賞(09)、芸術選奨文部科学大臣賞(12)、放送文化基金賞(16)など。「東海テレビドキュメンタリー劇場」として菊池寛賞(18)を受賞。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21・平凡社新書)。

●佐野亜裕美1982年生まれ、静岡県富士市出身。東京大学卒業後、06年にTBSテレビ入社。『王様のブランチ』を経て09年にドラマ制作に異動し、『渡る世間は鬼ばかり』のADに。『潜入探偵トカゲ』『刑事のまなざし』『ウロボロス~この愛こそ、正義。』『おかしの家』『99.9~刑事専門弁護士~』『カルテット』『この世界の片隅に』などをプロデュース。20年6月にカンテレへ移籍し、『大豆田とわ子と三人の元夫』『エルピス-希望、あるいは災い-』、さらにNHKで『17才の帝国』をプロデュース。23年1月に映像コンテンツのプロデュースや脚本作り、キャスティングなどの支援を行う「CANSOKSHA」を設立。

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