2023年02月17日18時32分 / 提供:マイナビニュース
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アストロバイオロジーセンター(ABC)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東北大学、基礎生物学研究所(NIBB)、兵庫県立大学、国立極地研究所(極地研)、中央大学の7者は2月16日、波長700~800nmの遠赤外光でも酸素発生型の光合成を行える緑藻「ナンキョクカワノリ」において、遠赤外光を吸収するための光捕集アンテナタンパク質「Pc-frLHC」を同定し、その立体構造を明らかにしたことを発表した。
同成果は、ABCの小杉真貴子特任研究員(現・NIBB特任助教/中央大共同研究員兼任)、KEK 物質構造科学研究所の川崎政人准教授、同・安達成彦特任准教授、同・守屋俊夫特任准教授、同・千田俊哉教授、東北大の柴田穣准教授、秋田県立大学の原光二郎准教授、東京農業大学の高市真一元教授、NIBBの亀井保博RMC教授、兵庫県立大の菓子野康浩准教授、極地研の工藤栄教授、中央大の小池裕幸教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
可視光(波長350~700nm)よりも波長の長い赤外光は、エネルギーが低いため通常は利用されないが、一部のシアノバクテリアでは光合成が行われていることが知られていた。しかし、植物や藻類などの真核の光合成生物における赤外光利用については研究が進んでいなかったという。
そうした中、ABCの小杉特任研究員らが、南極に棲息するナンキョクカワノリが、遠赤外光を用いて可視光と同等の優れたエネルギー変換効率で光合成を行っているということを確認。同緑藻は細胞が何層にも重なったコロニーを形成しているため、表層付近では可視光で、下層では表層で利用されない赤外光を利用することで全体の光合成量を増加させ、南極という厳しい環境でも繁殖できるよう進化してきたことが考えられるとされていた。
そこで今回の研究では、同緑藻の赤外光捕集アンテナタンパク質の同定を試み、その分子構造を明らかにし、赤外光利用型光合成の仕組みの解明を目指すことを目的に調査が進められたという。
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具体的には、同緑藻の細胞を破砕し、タンパク質のサイズや電荷の違いで分けることにより、遠赤外光に顕著な吸収帯を持つタンパク質が精製され、「Pc-frLHC」と命名された。同タンパク質は、構成するアミノ酸の並び方の解析から、植物や緑藻が持つ光捕集アンテナタンパク質の中でも一部の緑藻の「光化学系I」に結合する4回膜貫通型の「LHCI」に最も似ていることが判明(LHCIは遠赤外光をほとんど吸収できない)。さらに、Pc-frLHCは光化学系Iではなく水分解を行う「光化学系II」のアンテナとして機能していることから、緑藻がもともと持っている長波長吸収型のLHCの吸収帯がさらに長波長へ移動し、光化学系IIのアンテナとして進化したことが考えられると研究チームでは説明する。
また、クライオ電子顕微鏡による単粒子解析により、Pc-frLHCが11個のタンパク質がリング状に結合した新規の複合体構造であることが示されたともする。1つのタンパク質に11個の葉緑素が結合し、リング内の全葉緑素がエネルギーの受け渡しが可能な距離に存在し、エネルギー的につながったネットワークを形成していることも判明したという。
複数の葉緑素は互いに近づいて相互作用すると、吸収帯の一部が長波長側へ移動する。比較的長波長の光を吸収できるクラミドモナスの4回膜貫通型LHCIでは2つの葉緑素が接近しており、Pc-frLHCではこの2つの葉緑素にさらに別の葉緑素が接近し、5つの葉緑素が強く相互作用しているという。この構造が、Pc-frLHCの遠赤外光吸収を起こしていると考えられるという。
Pc-frLHCに吸収されたエネルギーの移動過程を調査したところ、長波長吸収型と通常型の葉緑素の間でエネルギーが25ピコ秒以内に往来していることが判明。この結果から、長波長吸収型から通常型葉緑素への、低いエネルギーで高いエネルギーレベルにある分子を励起する「アップヒル型」のエネルギーの移動が、Pc-frLHC内で生じていることが示されたとするほか、この過程で遠赤外光のエネルギーの一部が可視光のエネルギーに変換され、その後の光合成反応が可視光を吸収した場合と同様に進むことが考えられるとする。
なお、研究チームでは今後、未知の量子生物学的反応が含まれている可能性もあるとのことから、アップヒル型励起エネルギー移動のさらなる詳細な解明を目指すとしているほか、ほかの赤外光利用型光合成を行う生物も調べ、Pc-frLHCと同様の遠赤外光吸収型光捕集タンパク質のアミノ酸配列を取得し、その進化系統を明らかにするのと同時に、遠赤外光利用光合成のメカニズムの相同性や多様性について解析していくとしている。
また、アストロバイオロジー(宇宙生物学)的側面からも、太陽よりも低温で赤外光の放射が多い小型の赤色(M型)矮星の周囲を巡る系外惑星が数多く発見されていることを踏まえると、赤外光利用型光合成は重要だともしており、酸素がバイオシグニチャー(観測可能な生物の痕跡)として有力視されていることから、赤外光利用型光合成の詳細を明らかにすることで、そうした系外惑星における光合成生物進化の可能性を探るともしている。