2023年02月17日17時35分 / 提供:マイナビニュース
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慶應義塾大学(慶大)と国立天文台(NAOJ)、神奈川大学は2月16日、天の川銀河の中心に位置する、太陽のおよそ400万倍の質量を持つ大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」の近傍に孤立して存在する「おたまじゃくし」様の分子雲を発見し、その構造が太陽質量の10万倍ほどの「中質量ブラックホール」により形成されている可能性が高いことを明らかにしたと発表した。
同成果は、慶大大学院 理工学研究科の金子美由起大学院生、同・大学 理工学部物理学科の岡朋治教授、同・大学院 理工学研究科の横塚弘樹大学院生(研究当時)、同・大学 理工学部物理学科の榎谷玲依研究員、神奈川大 工学部物理学教室の竹川俊也特別助教、NAOJ 科学研究部の岩田悠平特任研究員、慶大大学院 理工学研究科の辻本志保大学院生(研究当時)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
いて座A*のような大質量ブラックホールは、質量の小さな恒星級ブラックホールが合体して、まず中質量ブラックホールを形成し、さらにそれが合体することで形成されると考えられている。ただしその仮説には課題がいくつかあり、その1つが太陽の100~10万倍程度と考えられている中質量ブラックホールがまだ検出されていないという点である。
ただし候補天体は複数あり、その1つが、いて座A*近傍の星団「IRS13E」内に存在する太陽の数千倍の質量を持った天体である。また、研究チームによれば、そのほかにも銀河系中心分子層のある領域には、中質量ブラックホールが複数存在している可能性があるとしているが、確たる証拠がないため、現在はどれも候補として留まっている状況だという。
中質量ブラックホールの存在を確認するためには、ブラックホールのような点状重力源によって生み出されるガスの運動状態を、正確に再現している分子雲を検出することが重要となるとされていることから、研究チームは今回、ハワイ・マウナケア山頂にあるジェームズ・クラーク・マクスウェル電波望遠鏡により取得された一酸化炭素(CO)の回転スペクトル線サーベイデータを精査し、点状重力源との相互作用によって生じたとされるコンパクトかつ広速度幅な分子雲の探査を集中的に行うことにしたという。
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その結果、いて座A*の北西、約3分角(20光年の距離に相当)離れた方向に、1つの特異な分子雲を発見することに成功したとする。同分子雲は周囲の分子雲群から明瞭に孤立しており、「おたまじゃくし」様の空間速度構造を有している特徴的な姿をしており、NAOJ 野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡を用いて取得されたCOおよび硫化炭素サーベイデータ中からも、その存在が確認されたという。
詳細な解析の結果、「おたまじゃくし」は天球面上で円弧状の形態を有し、それに沿って視線速度が連続的に変化していることが判明。この空間速度構造は、1つの閉じた軌道上に沿って分子ガスが分布・運動していることを示唆しているという。
そしてこの観測された空間速度構造は、10万太陽質量の質点周りのケプラー軌道によって極めてよく再現されたともしており、このことについて研究チームでは、「おたまじゃくし」がそのように巨大な質量を持つ点状重力源を周回していることを意味しているとするほか、複数の分子スペクトル線強度の情報から得られる物理状態の振る舞いから、ガスが点状重力源に捕捉された様子を示していることがわかったとしている。
さらに、その点状重力源の正体を探るべく、「おたまじゃくし」を含む天域における、さまざまな波長のイメージによる確認を行ったところ、想定される位置に明るい天体を発見できないことから、点状重力源が星団である可能性は低いとされたほか、軌道要素から与えられる質量密度の下限値が膨大であることから、この点状重力源が中質量ブラックホールである可能性が強く示唆されたとする。
研究チームでは、こうした事実から、この「おたまじゃくし」は、約10万太陽質量の不活性なブラックホールとの重力相互作用によって加速された分子雲であることが考えられると説明している。また、分子ガスの分布・運動から示唆された中質量ブラックホール候補天体の中で、今回の天体は最も確度が高いとも説明しているほか、いて座Aの近傍にあることから、将来的に「おたまじゃくし」を駆動する中質量ブラックホールは、いて座Aに飲み込まれていく運命にあるともしている。
なお、今後、研究チームは、ケプラー軌道上にある分子ガスを明瞭に捉えることを目的に、アルマ望遠鏡による高解像度観測を行う予定としている。詳細な構造を把握することで、精密な軌道パラメータの決定が期待されるためで、アルマ望遠鏡での観測と対応天体の探索から、「おたまじゃくし」を形成する点状重力源の実体が明らかになる可能性があるとしている。