2023年02月11日08時00分 / 提供:マイナビニュース
●枠を取っ払って自分たちが“キー局”に
フジテレビ系列のさんいん中央テレビ(TSK)が、中国に向けた動画コンテンツ事業という新たな挑戦に臨んでいる。昨年1月、中国市場の開拓支援サービスを提供するANAホールディングスが出資する「ACD」に資本参加し、ライブ配信を中心に様々なコンテンツを制作。中国最大のSNS・WeChatで「2022年優秀ライバー/クリエイター」を受賞するなど、1年目にして順調なスタートを切った。
テレビを取り巻く環境が大きく変化する中、その影響を大きく受ける地方局として次の一手に出たわけだが、どのようにこの事業を進めてきたのか。TSKから出向しているACD執行役員グローバルメディア本部長の岡本敦氏に話を聞いた――。
○■テレビ以外の取り組みを積極的に推進
TSKは、島根・鳥取という人口規模の小さな県域局だけに、従来の放送収入が頭打ちとなる中、エリア外を見据えた事業や、テレビ以外の取り組みを積極的に推進してきた。配信や番組販売に主軸をおいたバラエティ番組『かまいたちの掟』の制作や、共立リゾートとの旅館経営、古代出雲大社高層神殿のAR・VR制作などがその例だ。
そうした中で、中国に向けたメディア事業を本格的に展開させたいACDと思惑が合致し、TSKが出資する形で、今回の事業がスタートした。
従来、地方局が海外に向けてコンテンツを制作するのは、地元のグルメや観光情報を番組化して、インバウンド需要を掘り起こす地域振興のケースが多いが、「社長の田部(長右衛門)がよく言うのは、『ローカル局がローカルのことだけをやる時代はもう終わる』ということ。なので、中国をターゲットにした新しいメディアを立ち上げることで、今までの枠を取っ払って自分たちが“キー局”となり、全国のいろんな企業や自治体とお付き合いして、日本全国に人を呼ぶことや商品を売ることを目指しています」(岡本氏、以下同)という考えを持っている。
○■機材はスマホ1つ、中国出身スタッフを採用
これまでのテレビ制作のノウハウを生かす場面もあるが、特にライブ配信は、「テレビ番組とは、長さもしゃべる分量も全然違います。台本に沿うというより、そのままのライブ感を大事にして、ファンと一緒に対話しながら、ラジオみたいな形で作り上げていくのが新しいなと思いました」と、特性の違いを目の当たりにした。
さらに、機材面でも「スマホ1つでできるということに驚きました。最初は音声や照明みたいなものを付けたほうがいいんじゃないかと思ったんですけど、むしろこのスマホ1つだからこその機動力でできることが多いというのをすごく感じています」と、カルチャーショックがあったという。
中国の人たちの趣向に合ったコンテンツを制作するため、中国出身のスタッフなどTSKで新たに4人を採用し、ACDにいたスタッフと合わせて9人体制に増強。ロケ場所の選定やアポイント、許可取りなどを岡本氏ら日本人スタッフで行って輪郭を整えた上で、「彼らの意見を最大限尊重しながらやっているので、我々としては逆に勉強になることが多いです」と語る。
ここで培ったノウハウが、地上波の番組制作に還元できる部分もあるといい、「局の技術や総務の人間に見せると、『これでもいけるね』という話になるので、既成概念を取っ払ってもらうという意味でも、良い現場ですね」と手応えを述べた。
○■毎日街ブラ生配信、「優秀ライバー」表彰も
現在、基幹コンテンツとなっているのが、約13億人が利用するSNS・WeChatのチャンネル「青山246放送部」だ。ACDがオフィスを構える場所から「青山246」と命名したが、日本各地で街ブラのライブ配信を毎日敢行。13~17時の4時間程度という長尺で、視聴者から「ここのお店見せてよ」といったリクエストに応えるなど、コミュニケーションを取りながら旅を繰り広げている。
昨年5月にスタートしてから様々な街をロケしてきたが、「いわゆる外国人観光客の“ゴールデンルート”と呼ばれる都会の整った街ではなく、新大久保や谷中、川越など、ディープであまり他では紹介されないところが刺さっている感じがします。地方の可能性を掘り起こすという意味でも、良いツールになっていると思います」と傾向が見えてきた。
もう1つの鉱脈が、日本の祭り。昨年7月15日に千葉県香取市で行われた「佐原の大祭」をリポートした配信では、日本発としては最高クラスとなる154万視聴を記録した。「日本の祭りは、中国から伝わって昇華したものが多いと思うのですが、その文化が中国ではなくなっているから、伝統の名残を感じて喜んでくれる人がたくさんいるのだと思います」と分析する。
こうしたヒットコンテンツを含め、2022年は194回の配信、UU(ユニークユーザー)数518万人、826.8万いいねをマークしたことから、年間の「優秀ライバー」として表彰された。フォロワー数も、年度内の目標としている3万人を突破しており、今後は「青山246放送部」を中核としながら、ショッピングのチャンネルなどにも展開を広げ、マネタイズを進めていきたい考えだ。
●カンテレから受注で“地域の枠を越える”実現
自社チャンネルの展開に加え、動画コンテンツの受注制作も始まった。TSKと同じフジテレビ系列のカンテレが、昨年4月に開設した中国のSNS「Douyin」「Weibo」を今年の旧正月(春節)に合わせてさらに注力すべく、中国で実績のあるACDにオファーが舞い込んだ。
制作したのは、アナウンサーが出演し、その特性や土地柄を生かした「早口言葉」や「関西弁講座」といった動画。「カンテレさんとしても、アナウンサーをもっとコンテンツとして生かしたいという思いがあったそうで、そのお題を受けてうちのスタッフで検討して企画提案しました」という流れで撮影に臨んだ。
出演したアナウンサーたちは「中国の人たちは楽しんでくれますかね…?」と不安を口にしていたが、1月22日から順次公開すると、最初に投稿した春節の挨拶動画は、Douyinの同局アカウントで断トツとなる9,000いいねを突破し、フォロワー数も投稿前から約4倍増の約5,800に達した(2月10日現在)。岡本氏は「地域の枠を越えて事業展開することを一番の目標としていたので、これが実施になったのはうれしかったですね」と話し、印象に残る仕事の1つになった。
○■タレントのウェブサイト運営も「風穴を開けておく」
他にも、タレントの中国向けウェブサイト運営事業を立ち上げた。第1号は、『ウルトラマンオーブ』などに出演する俳優・青柳尊哉で、動画制作も担っている。
このサイトを通じて、日中の企業から商品紹介やイベント出演など、両国を股にかける仕事の依頼が来るようになり、実際にオリジナルグッズや日本酒のPRといった話が進んでいるという。
昨年秋に、タレントの小島瑠璃子が中国での活動を見据えて留学したことも記憶に新しいが、「今は中国進出と言っても不安に思う方が大半だと思います。ただ、14億の人口と経済規模があることを考えると、今後、日本とのつながりがさらに強まっていくのは間違いない。まだみんな様子見というところはありますが、先んじてその風穴を開けておくことで、必ず開いていく道だと思いますね」と、大きな成長分野になることに期待を寄せる。
○■参入当初は苦難の日々「ケンカばかりしてました(笑)」
TSKにアナウンサー兼記者として入社し、ニュース番組のキャスターや取材をしてきた岡本氏だが、2013年に東京支社へ異動になった際に、総務省の事業でアジアに向けた番組制作を手がけた。その経験が買われて今回、ACDに出向してきたが、最初は「中国スタッフとケンカばかりしてました(笑)。できること・できないことがカオス状態で混在して、3カ月くらいは何もできなかったですね。当時の週報を見ると『申請も何もうまくいかない』『誰の力を借りていいのか分からない』って書いてますから(笑)」と、苦難のスタートを振り返る。
そんなゼロからの出発で、スタッフ間のコミュニケーションを取ることから始め、TSKが参入して1年が経過したが、「ライブ配信のチャンネルができて、コマースのチャンネルも立ち上げて、アニメ・特撮などの日本文化を発信する『漫応援Mouen』というチャンネルもフォロワーが10万人を超えて、環境としてはかなり整えることができたと思います」と手応え。その上で、「これからはマネタイズしながら、いかに皆さんに喜んでもらうかという方向に広げていきたいですね」と構想を語る。
TSKの参入はコロナ真っ只中だったため、岡本氏はまだ一度も中国に行っていないそうだが、ここまで事業が展開できているのは、リモート化が進んだデジタル時代だからこそ。それでも、「コロナが収束したら、向こうでの受け止められ方も見てみたいので、ぜひ現地に行きたいですね」と意欲を示した。
●岡本敦1973年生まれ、鳥取県出身。テレビ長崎の記者を経て、99年に山陰中央テレビジョン放送にアナウンサー兼記者として入社。『FNNスピーク』『TSKスーパーニュース』などを担当し、13年に東京支社営業部へ異動。18年にアナウンサーに復帰して『TSK Live News it!』などを担当した。22年1月からACDに出向し、23年2月から執行役員グローバルメディア本部長を務める。