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だいち3号のコースタルとレッドエッジが農林水産業への新たな観測を可能に

2023年02月03日16時49分 / 提供:マイナビニュース

●農作物の生育モニタリングに有用なレッドエッジ観測
2023年2月13日に打ち上げが予定されているJAXAの先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」は、初代「だいち(ALOS)」以来の光学地球観測衛星だ。だいちで実現した観測幅70kmの広域観測をそのままに、分解能が0.8mに向上している。それだけでなく、だいちでは可視光のRGBと近赤外の4バンドだった観測波長帯に「レッドエッジ」「コースタル」の2つが加わり、波長帯は6バンドになった。

観測波長帯の話は複雑で、「追加されました!」といわれてもなかなか用途が思い浮かばないもの。そこで、追加された2バンドの基本的な能力と日本で期待されるこれからの用途、海外での衛星の事例について解説する。

植物の健康状態を把握 精密農業に役立つ「レッドエッジ」

追加2バンドのうち、赤(610~690nm)と近赤外(760~890nm)の間に位置するのが690~740nm帯の波長の「レッドエッジ(Red Edge)」。名前の通り、赤の縁にある波長帯だ。レッドエッジ領域での光の反射は植物のクロロフィル生産量を反映していて、植物の健康状態によって大きく反射率が変わる。健康な植物では、赤の反射に対してレッドエッジと近赤外の反射が急激に多く(明るく)なり、これがクロロフィルが多くて健康なことを示す。逆に植物が弱ってくると、赤とレッドエッジ・近赤外の明るさの差が小さくなってくる。枯れた植物では、赤・レッドエッジ・近赤外の反射にはほとんど差がないことが知られている。つまり、レッドエッジの反射が少なければ植物が何らかのストレスを受けている可能性があり、水や肥料が足りなかったり、病虫害の被害を受けて枯れかかっていたりといった可能性がある。

このことから、レッドエッジの利用では作物の生育状況をモニタリングすることができ、最適な収穫時期を把握する、生育不良を検出して迅速に手を打つといったように、農業の精度を上げることができる。世界各地で農作物は高温障害や干ばつなど気候変動の影響を受けており、精密農業はその対策の意味でも衛星データが欠かせない状況になってきている。

たとえば、イネの生育がピークに達する時期にレッドエッジで観測観測すると、精度の高い収量予測が可能になることから、東南アジアのラオスではUAVによる観測を用いた研究が行われている。将来的にこの手法を衛星データで広域に適用できれば、収穫時期の1カ月も前にコメの生産量を把握し、市場の価格や流通を安定させるといったことにつながる。「だいち3号」のデータが食料生産の安定に貢献するかもしれない。

●レッドエッジ画像の海外での利用事例とは
また、レッドエッジのもう1つの利用に植生の分類がある。レッドエッジの量から樹木の葉の密度やバイオマス量を推定することができ、樹木の種類を区別することもできる。信州大学では、JAXAの委託によって「マツ枯れ」と呼ばれるマツの木の虫害をモニタリングする研究を進めている。この研究では、レッドエッジの観測データによって森林を樹木別、樹木の健康度別に分類することができたという。また、マツ枯れがおきたエリアで被害を受けた木を切り倒す、燻蒸するなどの対策を行い、翌年以降に感染木を減少させることもできたとのことだ。

食料生産や森林資源の保護に向けて期待されるレッドエッジだが、世界ではどんな衛星がその能力を持っているのだろうか?

商用地球観測衛星で最初にレッドエッジバンドに対応したのは、2008年に打ち上げられたドイツの光学衛星「RapidEye」だ。5機の衛星で高頻度に観測でき、分解能は6.5mと比較的高い。日本でも、RapidEyeのレッドエッジ観測データを用いて、岐阜大学や鹿児島大学が森林の樹種分類などの研究を行っている。

RapidEyeは2020年で運用を終えているが、2014年から打ち上げが始まった欧州の地球観測衛星「Sentinel-2」はレッドエッジを観測する3つのチャンネルを持ち、無料でデータを配布していることから利用が広がっている。観測頻度は5日おき、分解能は10mと限界もあるものの、レッドエッジの実力を試すにはうってつけで、存在感を発揮している。

RapidEyeやSentinel-2が切り開いたレッドエッジの可能性は、商用衛星で期待される応用となっていて、1m以下の高分解能を誇る米国のWorldView-2、WorldView-3も対応している。日本ではアクセルスペースのGRUS衛星が対応し、農業分野で利用されている。1972年に打ち上げが始まり、50年にわたって地球のモニタリングを続けている米国のLANDSAT衛星は、これまでレッドエッジに対応していなかったが、今後打ち上げられる「LANDSAT 10」ではレッドエッジ対応が検討されているという。だいち3号は、広い観測幅とマルチバンド3.2mという分解能でレッドエッジの利用拡大に食い込んでいくことが期待される。

●だいち3号のコースタル観測は競合のいいとこ取り?
海藻が作る海の多様性を見通す「コースタル」

レッドエッジが赤色よりも波長の長い側であるのに対して、可視域の反対側、青色(450~500nm)よりも波長の短い400~450nm帯にあるのが「コースタル(Coastal)」バンドだ。水は光を吸収し散乱することから、可視光の衛星画像では海や川、湖は暗く映ってしまい、微妙な差異がわかりにくい。一方でコースタルは水中で減衰しにくいことから、"Coastal"の名前通り沿岸域の観測で力を発揮する。

この波長帯の観測では、海の中の植生、つまり海草や海藻の分布の様子を観測することができる。日本の沿岸では、浅瀬で海草・海藻を育む「藻場」が、ウニなどの捕食生物や台風の影響で減少してしまう「磯焼け」が問題となっている。コースタルでの観測では藻場の豊かさをマッピングすることができ、藻場の変化や磯焼け対策の効果などをモニタリングする応用が期待されている。

海外の衛星では、無償でデータを利用できるLANDSAT8・9や、Sentinel-2、商用衛星ではWorldView-2・3がコースタルに対応している。カナダの大西洋岸の観測データからWorldView系とSentinel-2の海藻生息のマッピング精度を比較した研究によると、海水が濁っている場合は深さ1m、澄んでいる場合はなんと深さ30mの海底まで海藻の分布をマッピングできたという。分類の精度では商用衛星のWorldView-2のデータがもっとも高かったが、WorldView衛星データはコストが高く観測範囲が狭いという制約がある。だいち3号の分解能と観測幅ならば、両者の「いいとこ取り」的な観測性能も期待できる。
重要なのはだいち3号の「利用コスト」

新しい観測波長を追加して、農林水産業の分野への貢献が期待されるだいち3号。気になるのはデータの利用コストだが、これについてはまだ価格表のようなものは公表されていない。国の方針では「(1m以下の高分解能データについては)商業価値を有する見通し」「市場価格で標準データを配布する」となっている。商用地球観測衛星のコンステレーションビジネスが世界で増大して価格でも競争が起きている中で、正しく市場を見極めた価格付けがされなければ、せっかくの能力も活用されずに終わってしまうだろう。

秋山文野 あきやまあやの フリーランスライター/翻訳者(宇宙開発) 1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経て宇宙開発中心のフリーランスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。 この著者の記事一覧はこちら

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