2023年02月01日16時55分 / 提供:マイナビニュース
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東京工業大学(東工大)は1月31日、ペンギンの旋回遊泳を水族館で多数の水中ビデオカメラを用いて撮影した動画から、運動と流体力を解析し、ペンギンが翼を羽ばたかせて旋回する遊泳メカニズムを明らかにしたと発表した。
同成果は、東工大 工学院機械系の原田夏輝大学院生(研究当時)、同・田中博人准教授らの研究チームによるもの。詳細は、生物学的組織の全レベルにおいて生物の形態と機能に関する全般を扱う学術誌「Journal of Experimental Biology」に掲載された。
ペンギンは、飛行能力を捨てた代わりに優れた水中遊泳能力を獲得した鳥類だ。水中において翼をはためかせ、飛ぶようにして素速く泳ぐことが知られている。
研究チームはこれまで、ペンギンが水中を直進する際に翼をどのように動かして流体力を生み出すのかという推進メカニズムについて解析済みだ。しかし、旋回のような複雑な機動遊泳のメカニズムは依然として未解明だったことから、今回、水平面内の羽ばたき旋回時の遊泳メカニズムの解明を目指すことにしたという。
旋回遊泳の撮影は、直進時の研究と同様に、長崎ペンギン水族館にて2018年と2019年に実施された。研究チームは、運動解析用マーカーを付けた3個体のジェンツーペンギンの羽ばたき遊泳の様子を、水中ビデオカメラ12台もしくは14台によって記録。それを用いて3次元運動解析が行われ、さらにその運動データに基づいた翼と体の流体力が計算された。
解析された羽ばたきの回数は、水平旋回が14羽ばたき、水平直進が40羽ばたきだったという。今回の旋回の対象は、旋回半径が平均1.0mで、ペンギンの遊泳の中では比較的緩やかなものである。解析の際には、右旋回は反転させ、すべて左旋回として扱うことにしたとする。
ペンギンの羽ばたきサイクルは、必ず腹側から背中側への「打ち上げ」から始まり、その動作の終わりから間もなくして背中側から腹側への「打ち下ろし」が始まる。体の水平面に対する姿勢角度は、航空機力学に準じて、体方位角・仰角・バンク角で表された。また体の回転運動は、クルマと同様に、背腹軸周りのヨー・左右軸周りのピッチ・体軸(前後軸)周りのロールで表された。加えて、ペンギンの速度の方位角は速度方位角とされた。
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ペンギンは主に体軸方向に泳ぐため、水平旋回する時は速度方位角と体方位角の両者が変化する。解析の結果、ペンギンは打ち上げ開始前に、旋回内側に腹が向くようにバンク(平均15度)していることが確認された。このバンクの向きは、旋回する飛行機のバンクとは逆だった。これは、飛行機とは逆で、ペンギンは上向きの浮力に対抗して下向きの力を出す必要があるためと考えられるという。
そして速度方位角は打ち上げ中に大きく増加(羽ばたき中の増加分の76%)。同様に、機首方位角も打ち上げ中に大きく増加した(羽ばたき中の増加分の65%)。つまり、打ち上げが旋回に大きく貢献していたのである。
左水平旋回には、体の軌跡を左方向に曲げるために、左方向への向心力が必要で、確かに打ち上げ中には、打ち下ろし中よりも、体の左方向に大きな並進加速度が生じていることが確認された。ところが体軸方向については、打ち下ろし中の方が打ち上げ中よりも大きな並進加速度が生じていたことが判明(1.6倍)。つまり、水平旋回中の打ち下ろしは、前方への推進に貢献していることになる。研究チームはこの結果について、直進遊泳時には打ち上げの方が打ち下ろしよりも前進に貢献していたのとは、逆の結果だとした。
翼と体がどのように連動して旋回を実現するのか、羽ばたき旋回遊泳のメカニズムが次のようにまとめられた。
打ち上げ前に、腹が旋回内側に向くようにバンク角を取る
打ち上げ時には、旋回内側の翼を外側よりも大きく打ち上げ、腹方向の流体力を旋回方向の向心力として利用し、軌跡を曲げて旋回する
打ち下ろし中は、旋回内側の翼の流体力の前向き成分(推力)が大きく、前進する
打ち下ろし中の旋回内側の翼の大きな推力は、体のヨー回転にブレーキをかけて旋回を抑制する
研究チームによると、今回の研究で明らかにされたペンギンの遊泳に関する力学メカニズムの理解は、ペンギンの形態学や生態学に新たな視点を提供するという。さらにこうした視点から、空中を飛行していた鳥類がいかに水中遊泳に適応進化したのか、というペンギンの進化生物学の謎に、力学の面から迫ることができるとした。
研究チームは今後、今回の緩やかな旋回の研究結果をベースに、より高速で急な旋回や急上昇・急降下、あるいは急加速・急減速といった、ペンギンの多様で俊敏な機動遊泳の性能とメカニズムの研究を続けていくという。また、これらの俊敏性を備えるペンギン模倣型羽ばたき遊泳ロボットへの応用を進めるとした。