2023年01月25日06時00分 / 提供:マイナビニュース
●一見敷居の高そうな舞台だが…
1月スタートの冬ドラマの中で注目作の1つが、門脇麦主演の『リバーサルオーケストラ』(日本テレビ系、毎週水曜22:00~)。かつての天才ヴァイオリニストで現在は市役所職員の主人公(門脇)が、新進気鋭で毒舌の指揮者(田中圭)とともに、地元の“ポンコツ交響楽団”を立て直していくという音楽エンタテインメントだ。
“天才ヴァイオリニスト”に“新進気鋭の指揮者”、“交響楽団が舞台”と言われると、一見敷居が高く、一般の視聴者にとっては接点が見つけづらいようにも思えるが、実は全く真逆。誰の琴線にも触れ、“人情”たっぷりの笑いと涙の佳編に仕上がっている。
○■1話からすぐに「児玉交響楽団を応援したい」
今作の第一の魅力は、視聴者にストレスを与えない見やすさにある。主人公・初音(門脇)は、幼いころ数々のコンクールを総なめにし、自分が冠となるコンサートも開催していたほどの天才ヴァイオリニスト。だが“過去のある出来事”をきっかけに表舞台から姿を消し、現在は存在感の薄い市役所職員となっている。
一方、そんな主人公を巻き込む、才能ある指揮者の朝陽(田中)は、ドイツを拠点に活動していた最中、市長である父(生瀬勝久)によって強引に連れ戻され、地元の交響楽団の立て直しを命じられる。そんな接点のなかった2人が共に協力し、地元の「児玉交響楽団」を再生していくというのがこの物語の立ち上がりだった。
このあらすじから想像できる今後の展開は、主人公の過去を引っ張り、巻き込まれる登場人物たちのドタバタを描き、団員たちのポンコツぶりを強調した演出だろう。だが今作は、第1話の序盤こそスラップスティックなテイストを持たせながらも、主人公の過去は早々に明らかとなり(※過去はそれだけではない可能性もあるが)、前半のドタバタが“振り”であるかのように、クライマックスでは劇団員はポンコツだが“音は悪くない”という結論へ導く。想像する展開を少しずつ外しながらも、やがて“可能性”を予感させていく、実にノンストレスで見やすい展開なのだ。
そして、このドラマで描きたいのは、ヒロインの過去の掘り下げでも、慣れない環境でのドタバタでも、成長物語にありがちなはじめの一歩のダメさ加減でもなく、“音楽の楽しさ”ということでもある。その相乗効果によって、第1話からすぐに「児玉交響楽団を応援したい」と視聴者に思わせる世界観を作り出すことに成功している。
○■プロの難しさと夢を追いかけることの折り合いの描き方
その反面、“音楽の楽しさ”の対極にある“楽団員としての現実”を早くも第2話で展開させた点も好感だった。ポンコツの楽団員といえども、給料が発生するプロである。その描き方を少し間違えると、このドラマの根幹である音楽へのリスペクトも希薄となり、誰からの共感も得られない物語になってしまう。
それが今作では、プロではあるものの、大きくはない地方の楽団員で薄給であることを描き、その中でプロでいられることの難しさと、夢を追いかけることの折り合いをバランスよく、そしてドラマチックに見せていた。フルート首席である蒼(坂東龍汰)の遅刻癖というポンコツから始まる第2話のエピソードは、実に感動的な人情ドラマ。現実をしっかり描いたことで、今作のテーマであろう“音楽の楽しさ”を、早い段階からより強調して印象付けることができたのだ。
●音楽に負けない屈強な脚本
ドラマに何よりの説得力をもたらす、音楽の存在も大きい。今作の劇伴は、コメンテーターなどでマルチな活躍も見せる人気ピアニスト・清塚信也が担当。聴きなじみのあるクラシック音楽を取り入れながら独自にアレンジを施すという試みで、ドラマを盛り上げている。その劇伴が物語を華やかに彩ってくれるのはもちろんだが、神奈川フィルハーモニー管弦楽団が全面協力したという劇中の演奏シーンも大きな見どころ。第1話のハイライトである初音と朝陽の2人が「ポンコツだが音は悪くない」と思わせるあの説得力は、脚本だけでは描ききれなかったものだろう。
この音楽と物語が見事にリンクし、繊細かつ大胆なストーリー運びを見せているのが、清水友佳子氏の脚本だ。実際のところ、清塚信也の劇伴と、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の協力による音楽を流してしまえば、ある程度の盛り上がりは作れてしまうだろう。だが、物語も音楽に負けないほど屈強なもので、音楽の流れないシーンでも十分な吸引力があり、見どころがたっぷりと詰め込まれている。これは、清水氏が音楽科を卒業している点も関係しているのではないだろうか。
天才である主人公や、才能ある指揮者はもちろん、ポンコツな楽団員たちにも、音楽へのリスペクトがさりげなく描かれており、“音楽の楽しさ”を脚本で体現しているかのよう。そのセリフやト書きでは表せられない感覚のようなものは、やはり音楽の経験があるからこそだろう。交響楽団の再生をRPG的な物語にあてはめるのではなく、“音楽の物語”であることを真摯(しんし)に脚本へ落とし込んでいる。
○■『のだめカンタービレ』とは異なる味わい
このドラマを語る上で切っても切り離せない作品と言えば、大ヒットシリーズ『のだめカンタービレ』(フジテレビ)だろう。舞台がオーケストラで、ヒロインが天才、相手役が指揮者、バラバラのオケを再生するなど、共通点の多い作品だが、出来上がった作品は全く違うのが面白い。
連ドラの『のだめ』は音大のノンプロで、今作は交響楽団に属するプロという、立場の違いも大きいのだが、『のだめ』があふれる若い才能を爆発させた青春物語だとすれば、今作は老若男女の団員たちが集うことで、どこか哀愁が漂い、“決して遅くはない青春物語”のよう。同じテーマ、同じ青春を描いても、全く味わいが異なるという発見が得られる。
また、オーケストラという敷居の高いテーマをことさらゴージャスにすることもなく、嫌みなく身近に、哀愁の色合いも感じられる演出に仕立てている。これは作風もテーマも全く異なるが『家政婦のミタ』にも通じるところがあり、両作の演出を手がける猪股隆一監督だからこその味だろう。そんな親しみやすく見やすい演出ができるのは日本テレビだからこそ。『のだめ』が好きだという視聴者にも十分感じられる魅力と面白さで、作品としての力を持っている。
第1話のハイライトで訪れた、物語と演奏が見事に合致したシーンで、筆者はこの先の成功を確信した。第2話のラストで蒼が初音の家に下宿したことで起こる化学反応や、市長と対立する外側の勢力争いなど、ドラマの構造的な楽しみはもちろんあるのだが、“考えるより感じる”という、このドラマだからこそ実現できる音楽と物語の融合を楽しみに堪能したい。
「テレビ視聴しつ」室長・大石庸平 おおいしようへい テレビの“視聴質”を独自に調査している「テレビ視聴しつ」(株式会社eight)の室長。雑誌やウェブなどにコラムを展開している。特にテレビドラマの脚本家や監督、音楽など、制作スタッフに着目したレポートを執筆しており、独自のマニアックな視点で、スタッフへのインタビューも行っている。 この著者の記事一覧はこちら