2023年01月16日19時40分 / 提供:マイナビニュース
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東京大学(東大) 国際ミュオグラフィ連携研究機構は1月13日、二次宇宙線「ミューオン」(ミュー粒子)を利用した、送受信者間で暗号鍵のやり取りを一切必要としない、まったく新しいタイプの超高セキュリティワイヤレス通信技術「COSMOCAT」の開発に成功したことを発表した。
同成果は、東大 国際ミュオグラフィ連携研究機構 機構長の田中宏幸教授らの研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱うオープンアクセスジャーナル「iScience」に掲載された。
ミューオンは、銀河系における超新星爆発などの高エネルギーイベントによって加速される(一次)宇宙線が、地球の大気圏に飛び込み、大気中の分子と衝突することで生成される二次宇宙線の1つとして知られている。電子やニュートリノなどのレプトン(軽粒子)の仲間で、荷電レプトンにおける電子に次ぐ第二世代の素粒子とされる。
ミューオンはニュートリノほどではないが透過力が強いため、人工構造物などをほぼ真空中の光の速度で貫通してしまう。その貫通力を利用し、近年はピラミッドなどの巨大人工物の内部探査や、火山のマグマの状況把握などに応用されて成果を上げている。
ミューオンの生成は、銀河系の磁場に何百万年もの間捕捉され続けてきた宇宙線が、少しずつ地球に染み出してきた結果とされるため、ミューオンの地球への到着時刻は、次にいつ来るかまったく予想できない「真性乱数」となる。田中教授は今回、その特性を利用し、超高セキュリティワイヤレス通信技術を開発することにしたという。
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具体的な仕組みとしては、まず送信者がミューオンを検出し、その時刻を暗号鍵として文書をエンコードする。一方、受信者は同一のミューオンを別の場所で検出することで、その検出時刻を保存する。受信者は送受信者間の距離からミューオンの飛行時間を正確に計算することができるので、暗号鍵の物理的なやり取りをすることなく、文書をデコードすることが可能となるとする。
さらに、ミューオンが地表へ到着するタイミングには極めて高い任意性があり、到着時刻をピコ秒精度で記録することで、到着時刻そのものを10桁以上の真性乱数から成る暗号鍵として取り扱うことが可能だという。ミューオンの速度は屋内、屋外、地上、地下問わず同じ速度が担保されていることから、地球上いかなるところでも、今回開発されたCOMOCATを利用することが可能だとしている。
COSMOCATの応用例としては、現在、近未来技術として普及しつつあるスマートビルディングや空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムがある。このようなシステムで用いられる次世代近距離通信においては、実はセキュリティがほとんど考慮されていないことが問題視されているという。そのため、ビル内のインフラのハッキングや、ワイヤレス電力伝送システムからの電気窃盗などが起きやすい状況になっているという。COSMOCATによる暗号化通信を活用すれば、こうした近距離通信において高いセキュリティを担保できるようになると研究チームでは説明する。
なお、COSMOCATの課題としては、ミューオンの到来が必要なため、逆をいえば到来頻度が暗号化通信速度のボトルネックになるという点だが、その点について研究チームでは、パケットあたりのデータ量を増やすことで通信速度を向上させることが可能だとしているほか、総当たり攻撃で暗号を解読するためにかかる時間は、パケットごとに暗号化されているため、データ量が増えるほど暗号解読に時間がかかるようになり、例えば1GBのデータであれば、仮に最新のコンピュータを用いたとしても、デコードにはおよそ5万年ほどかかるという。
またこの暗号解読に関しては、現在、将来的に実現されるであろう大規模な量子コンピュータの悪用が危惧されているが、COSMOCATの場合は、用いられる暗号鍵が真性乱数であるため、量子コンピュータを用いても現実的な時間で暗号を解読することができないとするほか、送受信者間で暗号鍵の物理的なやり取りがないので、暗号鍵が盗まれることも考えにくいとのことで、次世代近距離通信におけるまったく新しいワイヤレスセキュリティ技術としての普及が期待されるとしている。