2023年01月12日06時30分 / 提供:マイナビニュース
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高エネルギー加速器研究機構(KEK)、理化学研究所(理研)、大阪大学(阪大)の3者は1月6日、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」の超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」および低速RIビーム生成装置「SLOWRI」と、多重反射型飛行時間測定式質量分光器「MRTOF」を用いて、中性子過剰なチタン(Ti)とバナジウム(V)の同位体の高精度質量測定に成功し、近年確認された中性子数34において生じる新たな「魔法数」が、TiとVの同位体においては消失していることがわかったと発表した。
同成果は、KEK 素粒子原子核研究所 和光原子核科学センターのマルコ=ローゼンブシュ特任助教、阪大大学院 理学研究科 物理学専攻の飯村俊大学院生(現・理研 仁科加速器科学研究センター 低速RIビーム生成装置開発チーム ジュニアリサーチアソシエイト)らを中心とした30名の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
原子核において、陽子または中性子の個数が2、8、20、28、50、82、126個の時は安定性が強くなることから、魔法数と呼ばれている。ところが近年になって、魔法数が絶対ではないこともわかってきた。陽子数と中性子数のバランスが大きく崩れたエキゾチックな原子核においては、既知の魔法数の消滅や、新しい魔法数の出現が報告されるようになってきており、魔法数の盛衰は原子核構造研究の重要課題の1つとなっている。
魔法数性を実験的に調べる指標として、ガンマ線分光による第一励起準位エネルギーの測定や、原子質量の系統的測定による殻間隙エネルギーの測定がよく利用されている。たとえば、原子核全体の2中性子殻間隙エネルギーについては、それを立体的な棒グラフで表すと、中性子魔法数において明瞭な尾根を確認することが可能とされている。
具体的には、2つ隣の同位体の質量差のさらに差をとった量(2階差分)が2中性子殻間隙エネルギーΔ2nに相当し、いかに急に質量が大きくなるか(結合エネルギーが小さくなるか)を示す量である。ここで2つ隣を比較するのは、中性子数が偶数と奇数では大きく特性が異なることが理由である。
たとえばカルシウム同位体においては、ガンマ線分光および質量測定の両方で、中性子数N=32と34で新しい魔法数になっていることが発見されている。さらに最近の実験では、N=34を持つ隣の原子核(同調体)で、スカンジウム(Sc)では魔法数性は消えているが、その次に原子番号の大きいTiやVでは再び魔法数性が現れているという奇妙な報告もされていた。そこで研究チームは今回、TiとVの同位体の質量をより精密に測定し、この現象を確実に確認することにしたという。
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Tiの同位体である56Tiや58Ti、Vの同位体である55V~59Vなどを含んだ高速カクテルビームは、高周波ガスセルを主とするSLOWRIにより減速・冷却されてイオントラップに捕集され、MRTOFで質量測定が行われる。58Tiの原子質量については、58TiOH+イオンと同時に測定されたC2FO2+分子イオンの飛行時間との比から、高精度かつ高確度で決定された。しかも同時にクロム(Cr)-58、58V、59Vの質量も測定された。
このようにして今回の研究では、Sc、Ti、V、Cr、マンガン(Mn)の計15種類の同位体の質量測定に成功。文献値で高精度に報告されている核種については、よく一致することが確認され、55Sc、56Ti、58Ti、56V、58V、59Vについては遥かに精度を上げることができたという。
この質量測定結果を用いてΔ2nの導出も行われた。その結果、58Ti、59Vの新しい質量値が文献値に比べて遥かに小さくなっていることが判明。Δ2nがScやCrと同等になっていることから、これまで示唆されていた新魔法数N=34はTiとVでは消失していることが示されているとした。なおこの結果は、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた最新理論の「モンテカルロ殻模型」においても支持されたとする。
魔法数の盛衰に代表される、安定核とその周においてこれまで成立していた原子核構造が、不安定な原子核では成立しないという現象の解明に向けては、今回の研究により高精度かつ高確度の質量測定が鍵であることが示された。たとえすでに測定済みで最新の原子質量編纂に採用されていたとしても、精度が不十分な値については再測定することで、結果が覆る可能性があることも今回の研究では確かめられた形だと研究チームでは説明している。
また、今回の研究で開発された装置は、ほかの実験と同時並行で質量測定を進められるため、能率よく網羅的精密質量測定を実施することが可能としている。