2023年01月31日12時00分 / 提供:マイナビニュース
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自分だけの絵本を作ることができるNTT印刷のサービス「パーソナルちいくえほん」。この絵本を用いながら、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(以下、CS研)と共に子どもの言葉と心の発達についての共同研究を行っているのが、幼保連携型認定こども園「るんびにこどもえん」だ。
今回、同園園長の楢﨑雅氏に、共同研究から感じた子どもへの影響、そしてこれからの保育園に求められる教育について、意見をうかがってみたい。
子ども自身が本の中に登場する「パーソナルちいくえほん」
「パーソナルちいくえほん」は、子ども自身が主人公となり、絵本の中に登場するという新しい体験を提供するサービス。CS研の「幼児語彙発達データベース」などから厳選された言葉を使って、オリジナルの絵本を作成できる。
現在のラインアップは、0~1歳向けのファーストブックシリーズ「おいで」「どうぞ」「あっ!」、1~2歳向けの「すきなもの」、2~4歳向けの「ひらがななまええほん」「カタカナなまええほん」、そして3~6歳ごろを対象とした「たくさんのきもち」となっている。
福岡県糸島市の幼保連携型認定こども園「るんびにこどもえん」は、CS研と共に、このパーソナルちいくえほんなどを用いて共同研究を行っているこども園の一つだ。
ゲーム感覚で行われているデータ取得
保育士・幼稚園教諭以外にも、調理師、社会福祉士、自閉症スペクトラム支援士など、さまざまな顔を持つ楢﨑氏。ADHD・ASD・LDなどの発達障害支援や、短大での保育士養成の非常勤講師、保育用AIを手掛けるスタートアップ企業とのやりとりなど、多岐にわたって活躍している。
楢﨑氏が共同研究に関わるきっかけになったのは、日本赤ちゃん学会の保育実践科学部会。ここでCS研の渡邊直美氏と出会い、互いにマーベル作品が好きということで意気投合したという。
「渡邊さんとは、アイアンマンのAIの話から感情教育の話に発展したことを覚えています。研究者のみなさんは、乳幼児期などをターゲットに素晴らしい研究をされています。しかし、日本はまだまだ縦割り社会で、保育現場との連携がまだ限られています。保育士は研究者に近寄りがたい、研究者は保育の現場にいないということで互いに引け目があります。この分厚い壁を取り除き、横のつながりを強化すれば、研究成果をもっと早く子どもたちに還元できるのではないかと感じました」(楢﨑氏)
その後、旧:るんびに保育園は園舎を建て替え、令和2年に認定こども園へ移行。楢﨑氏は、保育実践科学部会のワークショップでCS研の小林哲生氏との対面を果たし、そこからとんとん拍子で共同研究が始まった。
「私は研究者ではありませんが、自閉症スペクトラム支援士にも学会はあって、科学的な根拠をもって保育を見るというリテラシーがあります。心理ベースの基礎知識にある程度一致する部分があったので、対等な意見交換ができました」(楢﨑氏)
共同研究では、子どもたちがタブレット端末を用いて、ゲーム感覚でさまざまな幼児教育を行っているという。新しい園舎はWi-Fiを完備しており、スムーズにデータの取得が進んだそうだ。
「タブレット端末でのデータ取りも、子どもたちは楽しみにしているんですよ。もちろんタブレットに触れるのはその時だけですが、『今日はゲームできる日!』のように認識されています。令和2年度から小学校でプログラミング教育が必修化されましたし、一人一台タブレットも実施されたこともあり、子どもたちにとっても身近な遊びの一つとなっています」(楢﨑氏)
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自分だけの絵本があることは人生に良い影響を与える
るんびにこどもえんでは「パーソナルちいくえほん」を導入しており、子どもたちの絵本への興味がどのように変化するかの研究も行われている。近年は、乳児期の読書習慣と小学校入学時の学力に相関関係があるという研究結果もある。子どもに本を読んでもらうために、絵本がどれだけポジティブな影響を与えているかを調べ、読書習慣を根付かせることに役立てることを狙っている。
「パーソナルちいくえほん導入の決め手は、エビデンスをもとに作られていること、自分だけのオリジナル絵本になることの2つでした。ラインアップが、ちゃんと子供の発達に沿って展開されているんですよね。知育絵本というと、文字の獲得に意識が向きがちですが、その前段階もすごく大事で、同時に同じものに関心を向ける共同注視や、自分の好きなものを認識することなどを発達段階に沿って学べるようになっています。また1人1冊ずつ自分だけの絵本になるので、子どもは自分の存在そのものの受容を感じていると思います」(楢﨑氏)
とはいえ、子どもは1冊の絵本だけから影響を受けるわけではない。ゆえに「子どもの年齢」「何人目の子どもか」「どんな絵本を知っているか」「普段どれくらい読み聞かせをしているか」「どの段階まで文字を読めているか」といった定量データを合わせ、研究を進めている。あわせて楢﨑氏は、京都大学 森口佑介氏の著作『子どもの発達格差: 将来を左右する要因は何か』を挙げ、家庭の経済状況と学力の関係について、以下のように語っていた。
「私は発達格差を家庭の責任にすることに疑問を持っており、一定水準までは公的資金で保証するべきと考えています。その一環として、当園では毎年クリスマスプレゼントとして子どもたちに『パーソナルちいくえほん』を渡しています。もちろん、これで文字を獲得できるとは言い切れませんが、一冊でも自分だけの本があることは、のちの人生にすごく良い影響を与えると思います」 (楢﨑氏)
実際、子どもたちも自分だけの絵本を受け取ると非常にうれしそうな様子を見せるそうだ。「パーソナルちいくえほんには保護者からのメッセージも含まれており、自分が大事にされていることが伝わるのも良い点」と楢﨑氏は話す。園内用には、「たくさんのきもち」が2冊用意されており、子どもたちは物語の捉え方を互いに話しながら楽しんでいるという。
「『パーソナルちいくえほん』を社内の人に見せたとき、サンプルの中にたまたま役員と同じ名前がありました。そうしたら、『俺の名前で作ってくれたのがあった!』ってすごく嬉しそうで。大人でも自分だけのものがあると嬉しいんですから、子どもだったらなおのことですよね」(細川氏)
これからの教育のキーワードは“個別最適化”
保育現場からも高い評価を受けている「パーソナルちいくえほん」。現在はファーストブック、すきなものの絵本、ひらがなとカタカナの絵本、きもちの絵本がラインアップされている。新たに追加するとすれば、どのような本が求められるのだろうか。
「次に期待したいのは、数に関する絵本ですね。年齢だったり誕生日だったり、パーソナルな数字はいろいろありますから。時計も一緒にしてしまっても良いかもしれませんが、知育として求められがちな反面、就学前にアナログ時計を読むことは難しいです。デジタル時計ならある程度読めると思いますが、時間の感覚は人それぞれで、概念的な理解も必要ですからね」(楢﨑氏)
そして楢﨑氏は、「本来の子供の発達の平均と、世の中が思ってる発達の速度がちぐはぐと感じます」と警鐘を鳴らす。
「教育が加熱して、『先に先に』と急いでしまうことが増えているように思います。例えば文字の獲得であれば、卒園時に自分の名前をひらがなで読める程度が平均的な発達です。前倒しが悪いわけではないのですが、それによってつらい思いをしてしまう子がいます。逆に、どんどん先に進みたい子もいるので、やはり“個別最適化”がこれからの教育における重要なキーワードになると思います」(楢﨑氏)。
この“個別最適化”を進めるためにも、楢﨑氏は共同研究を大いに歓迎しているそうだ。加えて、研究のフィールドとなる就学前の施設が増えることを願っているという。
「保育現場にいる私たちがいろいろ協力すれば、より研究も進みますし、より現実に即した研究結果が出やすくなると思っています。とはいえ、皆さん日々忙しくされています。そこで、デジタル化を進めて、保育士も保護者も楽になる工夫をしていかないと、どんどん疲弊して余裕がなくなりますよね。当園では、ICTを導入して業務負担と保護者の負担を軽減しています。また、オムツをサブスクリプションサービスにしていますし、お昼寝用のシートもそうしようと思っています」(楢﨑氏)
研究活動が保育の良い循環を作っている
研究活動を行っていることで、るんびにこどもえんにはたびたび保育士でも親でもない第三者が足を運んでいる。だが、それもこども園を良くすることの一助になっているそうだ。
「職員にとって、第三者が園に入ってくることは重要です。主観的なバイアスを取り除けますからね。また、子どもたちも研究データ取得をフィールド感覚で楽しんでいます。フィードバックもいただいているので、私たちは「こども理解」が深まり保育の参考にできる、CS研さんは研究できる、それによって子どもたちはハッピーになり、子どもたちがハッピーになることで保護者の皆さんは安心して預けられる。とても良い循環が作れていると思います」(楢﨑氏)
最後に、パーソナルちいくえほんに対する楢﨑氏の率直な評価を伺えたので、お伝えしておきたい。
「私は『パーソナルちいくえほんをすべての子どもが持てるようになればいいのに』と思っています。持ったからといってすぐに効果が表れるわけではありませんが、すごく大事なことが詰められている絵本だと感じています」(楢﨑氏)