2022年12月06日17時24分 / 提供:マイナビニュース
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東京大学(東大)と科学技術振興機構は12月5日、新たな相変化材料「硫化ゲルマニウムアンチモンテルル」(GSTS)を用いた低損失かつ不揮発な光位相器を開発。GSTSをシリコン光導波路上に堆積した素子において、GSTSがアモルファス(非晶質)状態から結晶状態に相変化する際に生じる単位損失あたりの屈折率変化が、従来技術よりも20倍以上大きくなることを実証したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科電気系工学専攻の竹中充教授、同・宮武悠人大学院生、同・トープラサートポン・カシディット講師、同・高木信一教授、産業技術総合研究所 デバイス技術研究部門の牧野孝太郎主任研究員らの共同研究チームによるもの。なお詳細は、現地時間2022年12月7日まで開催中の国際会議「IEEE International Electron Devices Meeting」において発行された「Technical Digest」に掲載された。
半導体の微細化に依存しない方法でコンピュータの性能を向上させる新技術の1つに、シリコン光回路を用いた光演算がある。シリコンフォトニクス技術の発展により、大規模な光回路をシリコン上に形成できるようになり、プログラミング可能なシリコン光回路を用いて、深層学習や量子計算の大幅な性能向上も可能であると期待されている。
その実現には、光信号の位相を制御する光位相器を多数集積する必要があるが、これまではヒータによる加熱を用いた光位相器だったため、消費電力が大きいことが集積化の妨げとなっていた。消費電力が小さく、光位相量の維持に電力が不要な不揮発性のある光位相器が望まれていたのである。
そこで注目されているのが、相変化材料を用いた光位相器だ。アモルファス状態と結晶状態で屈折率や吸収係数が大きく変化する相変化材料をシリコン光導波路に積層することで、低消費電力かつ不揮発な光位相器を実現できるとする。しかし、代表的な相変化材料であるゲルマニウムアンチモンテルル(GST)は吸収係数の変化が極めて大きく、吸収を伴わない光位相器を実現できないことが課題だった。そこで研究チームは今回、GSTに代わる新しい相変化材料を開発することにしたという。
そして、GSTよりもバンドギャップが大きく、光吸収を抑えることが可能なGSTSの開発に成功。また、動作波長を従来の近赤外光から中赤外光にすることで光吸収の一層の低減が可能と提案され、実験結果により低損失かつ不揮発動作する光位相器の実証にも成功した。
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今回提案された光位相器は、Si-on-insulator基板のシリコン層を矩形状に加工したシリコン光導波路上にGSTSを積層した構造だ。GSTSの相変化で大きな屈折率変化が生じることから、シリコン光導波路中を伝搬する光信号の位相を変調することができる。また、シリコン光導波路上の二酸化珪素層に窓が開けられており、同光導波路が露出した部分にGSTSが堆積された構造でもある。
この光位相器によるシリコン光導波路中を伝搬する光信号の位相変化や吸収変化の評価が行われた。210℃で加熱して、GSTSを結晶化した際に生じた位相変調量の位相器長に対する評価が実施されたところ、10μm程度と極めて短い素子長で、p(180度に相当)の位相変化が得られたとした。
各動作波長において、位相変化がpとなる際の光損失変化の評価では、GSTと比べ、どの波長もGSTSの光損失変化が小さいことが確認された。また動作波長が長波になるに従って損失は減少し、波長2.34μmのときに光損失は0.29dBと極めて小さくなることも明らかにされた。
次に、従来の相変化材料を用いた光位相器との性能比較が行われた。すると、GSTSは2.34μmの動作波長で、性能指数が94.1だった。同指数は高いほど低損失な位相器動作が得られ、この値は従来の相変化材料を用いた光位相器の中では最高値となる。このことから、GSTSを用いた低損失かつ不揮発な光位相器の実証に成功した。
続いて、シリコン光導波路で形成されたリング共振器中に、GSTSを用いた光位相器を集積した素子が作製された。そして、GSTSを110℃から210℃に加熱することで結晶化して位相をシフトさせることで、リング共振器の共振波長を光損失の影響を受けることなくシフトさせることに成功。この結果は、光損失の影響を受けずにシリコン光回路をプログラミングできることを示しており、深層学習や量子計算に応用できることが確かめられた。この成果により、半導体の微細化に依存せずにコンピュータの演算性能を大幅に向上できることが期待されるとした。
今後は、光パルスや電流パルスでの書き換え技術を開発するとともに、大規模なシリコン光回路に集積することで、深層学習アクセラレータや量子計算機の実証を目指すとした。