2023年03月31日12時00分 / 提供:マイナビニュース
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高知県競馬組合(以下、高知けいば)は、エヌ・ティ・ティ・ブロードバンドプラットフォーム(以下、NTTBP)は、2022年8月より「高精度測位サービス」を利用した新しい競馬観戦スタイルを提供している。
高精度測位は、競馬にどんな楽しみ方を与えてくれるのだろうか。競走馬ごとの区間タイムおよび通過順位の表示などを可能とする同サービスの秘密に迫る。今回、高知県競馬組合 松本太一氏に話をうかがった。
地方競馬が最新の測位システムを導入
ICTによって、多くのスポーツ競技の楽しみ方が変わってきている。特に、位置情報を用いて選手等の動きを可視化する取り組みは盛んだ。例えば日本中央競馬会(以下、JRA)は、2022年6月に札幌競馬場、2022年11月に東京競馬場で「競走馬トラッキングシステム」の実証実験を行った。
そんな中、高知けいばはNTTBPと共に開発した「高精度測位サービス」を発表。8月27日より区間タイムや区間ごとの上位通過馬を、中継放送(一部)へ表示する取り組みを開始した。
松本氏は、高精度測位サービスを利用した経緯を次のように説明する。
「高知けいばは平成15年頃から経営が悪化し、平成20年には廃止寸前の状態に陥りました。経費削減によりなんとか持ち直しましたが、設備や提供できる情報が古いままになっていました。近年は売り上げ増により、収益があり、設備改修などを行ってきましたが、お客さまへの情報提供の面においても新たな取り組みをしたいと考えたのが、高精度測位サービス導入のきっかけです」
こうして高知けいばは情報提供の取り組みを進め、まず他の競馬場でも利用されている赤外線センサーを検討したという。しかし、高知競馬場の雨の多さ、誤検知の多発や設置・維持費用がかさむなどの懸念から、断念。そんなとき、場内の公衆無線LANサービス「KOCHI_KEIBA_Wi-Fi」を整備していたNTTBPが紹介したシステムが「Quuppa」だ。「Quuppa」は、Bluetoothを活用した高精度な位置測位に対応したシステムだ。
「高知けいばでフリーWi-Fiを整備したのが2018年で、『Quuppa』を紹介いただいたのが2019年頃でしょうか。そして、2020年に実証実験を始めました。われわれは技術や費用感がわからず、逆にNTTBPさんは競馬についてわからないという状況の中、お互いにすり合わせをしながら実証実験を進めていきました。紆余曲折があり、1月の開始予定のところ、8月に伸びましたが、高精度測位サービスの運用を無事開始できました」(松本氏)
Quuppaの仕組みとGPS測位方式との違い
「高精度測位サービス」は、「Quuppa」というリアルタイム位置測位システムを用いて、位置情報や区間(1ハロン=200メートル)ごとのタイムを計測するもの。現在は、1ハロンごとの区間タイム、先頭がその区間に入ったタイミングの順番、50メートルごとの通過順位といったデータを取得し、大型モニタにリアルタイムで表示しているという。
そもそも、このサービスの根幹を担う「Quuppa」とはどのようなシステムなのだろうか。NTTBP 設備サービス部 サービスフロント部門 ソリューション営業担当 担当部長の藤崎信氏と、同 営業担当の今村直哉氏に詳細を聞いてみた。
「Quuppaは、Bluetoothをベースとした高精度位置測位技術です。ロケーターと呼ばれる受信機で、タグと呼ばれる装置から発信される電波を受信。その到来角度を測定し、位置演算処理を行うことでタグの現在位置を算出します。今回は競馬場に特化したフィルターを掛け、より精度を上げるチューニングを行っております」(NTTBP 藤崎氏)
もともと、Quuppaは屋内での採用が多く、主に工場や倉庫で利用されてきた。スポーツ分野では競輪場での検証を行ったことはあるものの、屋外での本格的な運用は今回が初めて。それゆえ、高知競馬場への設置ではさまざまな工夫が行われている。例えば、海風の影響でロケーターがさびてしまうことがあるため、その対策として、特注の金具が使用されているという。
一方、「競走馬トラッキングシステム」などで用いられているRTK-GPS測位方式は、基準局と移動局(観測点)で複数のGPS衛星から信号を受信し、情報のズレを補正することで精度の高い位置情報を得られるシステムだ。
「RTK-GPS測位方式は、基準局と競馬場の位置関係やGPS衛星の受信状況に精度が左右されやすい傾向があります。また、GPSアンテナやLTEモジュールなどを搭載した送受信機は、約200~300グラムほどの重さになります。これを競走馬のゼッケンに装着します。近くに基準局があれば利用料を支払って使うことができますが、ない場合は自前で基準局を用意しなくてはなりません」(NTTBP 藤崎氏)。
ただし、Quuppaはロケーターのない場所では観測できないというデメリットもある。広いエリアで観測したければ、それだけロケーターの数を増やさなければならない。立地や規模に応じて、それぞれ適した測位方式があるといえる。
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高知けいばはどのようにQuuppaを運用しているのか?
「Quuppa」の大きな特徴は、タグの小ささと軽さにある。タグのサイズは直径約3.9センチ、厚さ約5ミリ、そして重さが約10グラムで、「500円硬貨よりも二回りほど小さく、軽い。高知けいばでは、このタグを騎手に取り付け、位置情報を測定している。
「小さくて軽いからこそ、騎手に取り付けられます。当初はタグのスリットにベルクロを通して止めていましたが、馬具屋さんと相談して、最終的に装着のしやすさとホールド性を考慮して、伸縮性の高いウェットスーツ生地でポケットを作り、騎手のプロテクターにつけました。位置もいろいろと検討したのですが、落馬の際の危険性が低いであろう、背中の上部にしました。騎手の反応も良好です」(高知けいば 松本氏)
もう一つの特徴はバッテリー持続時間の長さ。稼働日数を加味すると、半年程度バッテリーが持つ想定だったが、実際には1年近く経っても利用できているという。
「もっと交換頻度が高ければ、費用や新規タグの設定についても検討しなくてはいけなかったかもしれません。おそらく、節電機能が効いているのでしょう。タグは、必要に応じて自動でオン/オフを行ってくれるんですよ」(高知けいば 松本氏)
このタグの小ささとバッテリー持続時間が、送受信機のサイズが大きいRTK-GPS測位方式との違いにつながっている。バッテリーの持ちは長くとも10時間程度。これに対し、Quuppaは騎手に取り付けることが可能で、交換頻度も低い。
「RTK-GPS測位方式では、送受信機と競走馬のひもづけがレースごとに毎回発生します。これに対し、Quuppaは騎手とタグをひもづけできます。高知けいばには24名の騎手がいますが、その24名の管理さえすれば良いので、運用が非常に簡単です」(高知けいば 松本氏)
ICTによってさらに楽しみが増す競馬の世界
現在、高知けいばは全レースの中継放送に「高精度測位サービス」から得られた情報を表示している。ネットでの書き込みや競馬ライターからの反応を見る限り、この取り組みは概ね好評とのことだ。今後は、「各馬の全データをすべて無料で提供する予定」と松本氏は話す。
「馬のデータは、どちらかというとメディア向けの情報だと思います。競馬予想をされる方に見てデータを分析・解釈していただき、それをお客さま向けに広く提供いただくことを狙っています。もちろんデータにはエラー値もありますので、こちらで内容を精査してからお渡しします」(高知けいば 松本氏)
高知けいばには、実況しながらストップウォッチで区間タイムを計測する、橋口浩二さんという名物アナウンサーがいる。だが一昨年、橋口さんが病気療養となり、スタートから200メートルと上がり3ハロンのタイムを実況できない時期があった。こうした状況も踏まえ、実況アナウンサーがデータを活用できる仕組み作りも行っているという。
「このデータは、マンネリ化していた競馬情報のスパイスになると思います。活用次第で、レースのビジュアライズ化なども可能でしょう。また、スタートとゴールを決めなくても、ロケーターがある場所であればデータを取得しているので、生データを出すようになれば騎手も参考にするかもしれません。一方、実際に馬が走っている映像上では、多すぎる情報が邪魔になることもあります。次のステップはメディアによる活用の推進ですね。われわれは情報提供を頑張りますが、楽しむ方法はお客さまが決めていただきたいと思っています。ぜひ、競馬を楽しんでください」(高知けいば 松本氏)