2022年11月16日06時00分 / 提供:マイナビニュース
●全試合に独自の実況・解説、マルチアングル映像導入
20日に開幕を迎える「FIFA ワールドカップ カタール 2022」全64試合を無料生中継するABEMA。開局6年半が経ち、先日大きな盛り上がりを見せた『THE MATCH 2022』といった格闘技に、米メジャーリーグ、大相撲など、スポーツ中継の実績を重ねてきたが、ここまで大きな大会を手がけるのは初めて経験だ。
そこでタッグを組むことになったのが、ともに中継権を獲得した関係会社のテレビ朝日。ただ、開局65年の中で数々の大型スポーツ大会を手がけてきたテレ朝にとっても、前例のない挑戦に様々な苦労があるようだ。ABEMAスポーツエンタメ局長の塚本泰隆氏と、テレビ朝日スポーツ局プロデューサーの長畑洋太氏に話を聞いた――。
○■テレ朝放送の試合もABEMA独自の中継番組を制作
今回のタッグが実現した経緯について、塚本氏は「全64試合無料生中継をやることが決まったものの、制作・技術体制、現地での展開、海外大会の配信の経験について、基本的に我々は素人なので、テレビ朝日のみなさんの経験やお力をお貸しいただくという形で連携することになりました」と説明。
単に64試合の国際映像を流すだけでなく、全試合に独自の実況と解説を付け、視聴者が見たいカメラを選択できる「マルチアングル映像」を導入し、試合前後には東京のスタジオから見どころ/ハイライト番組を編成する。その狙いについて聞くと、「全64試合を中継するからには、ワールドカップ全体を楽しんでもらうことが大切だと思っていまして、1つずつの国の紹介や今後の動向なども、きちんと解説するということをやっていきます」(塚本氏)と明かした。
全試合中継となると、同時間帯で複数の試合が行われるケースもあるが、例えば日本がいるグループEで同時刻にキックオフとなる12月2日午前4時からの「日本×スペイン」「コスタリカ×ドイツ」の場合は、1つのスタジオでグループEの見どころ番組を編成し、試合が始まると2チャンネルに分かれて中継。終了後はまた1つのスタジオに戻って試合の見どころやハイライトを交えた番組という流れになる。
11月27日の「日本×コスタリカ」など、テレ朝地上波でも放送する試合については、映像や実況・解説を流用せず、ABEMA独自の中継番組を制作。「“テレビで見られないからネットで見る”という形ではなく、今回はマルチアングルやコメント機能、試合データなど、いろんな角度からサッカーに触れて楽しんでもらうことを想定しているので、テレビの中継とプログラム自体が一緒だったら、世の中に対してABEMAの価値を提示できない。だからこそ、64試合をオリジナルでしっかり作ることによって、ユーザーの熱狂やワールドカップというコンテンツを扱う価値が出てくると考えています」と強調する。
○■地上波でも「真似できるところは真似したい」
いわば、すべての試合に地上波の日本戦レベルの労力をかける必要がある今回の取り組み。それを1日何試合も毎日作っていくというのは、百戦錬磨のテレ朝スポーツスタッフとしても、相当カロリーの高い仕事だ。
このオーダーを受け、長畑氏は「(テレ朝も中継がある)10試合分くらいは楽できるんじゃないかと思ったんですけど(笑)」と冗談めかしながら、「放送媒体が変われば、やっぱり実況の話し方も変わるし、その媒体に合った中身にしなければいけないというのは、これまでテレビをやってきた身としても感じます」と同調。
それを踏まえ、「単に64試合の中継に実況を付けるというだけでも相当大変なのですが、ABEMAのみなさんはより高みを目指して、良いものを作ろうという志を持っているので、そこに応えなきゃいけないという思いを強くしました。テレビ朝日から来ている以上、何か持ち帰らないといけないという意識の中で、そうしたスピリットもそうですが、複数のチャンネル編成やマルチアングルカメラといった非常に柔軟な姿勢を目の当たりにして、マスに向けて安定した放送を提供することを重視する地上波においても、真似できるところは真似したいなと思いますね」と感化されたそうだ。
●他局・他動画サービスからも“アベンジャーズ”の解説陣
出演者・スタッフなどをテレ朝に完全パッケージで発注するという形態ではなく、ABEMAからも現地派遣を含めてスタッフを立て、生対応における様々な判断を行う人員や、サポートを担う人員などを配置し、クリエイティブ関連のスタッフや広報・宣伝まで入れると、携わるのは300人以上にのぼる。1つの大会にここまでの規模のスタッフが関わるのは、もちろん開局以来最大だ。
実況担当としては、テレ朝から「ABEMA FIFA ワールドカップ サポーターイレブン」に就任した寺川俊平アナをはじめ、吉野真治アナ、山崎弘喜アナというサッカー中継の経験豊富な3人が現地入り。さらに、他のスポーツを主に担当するアナウンサー、Jリーグ中継で実績のある系列局のアナウンサーも参加し、約20人体制で臨む。これは、「2021年の東京オリンピックに匹敵する規模」(長畑氏)だという。
一方で解説者は、従来のサッカー中継で依頼する人だけでは到底足りない。そこで、「テレビ朝日ではしゃべったことがないけど、他局や他動画サービスに出ている方、選手時代にお付き合いのあった方々に対してもご連絡をしています。もう“アベンジャーズを作る”という感じです(笑)」(長畑氏)とギリギリまでブッキングを行い、こちらは約40人が参加することになった。
解説陣の大きな看板として、「ABEMA FIFAワールドカップ2022プロジェクト・ゼネラルマネージャー(GM)」に就任した本田圭佑氏が参加。大きなスポーツ中継でありがちな“スペシャル解説”といった形で、通常の解説者のプラスアルファで参加するのではなく、日本代表のグループステージ3試合、準決勝・決勝の試合解説として現地から解説を行うため、頻繁な発言機会が期待できそうだ。
○■スマホ・ネット視聴を意識した画面作り
ABEMAはスマホを中心に、PC、テレビと様々なデバイスで視聴され、なおかつすべての視聴者がインターネットに接続された状態にある。それを踏まえての画面作りは、どのように意識しているのか。
「実況者が話していることで分かりづらい部分があると、テロップを出して補足することで、見ている人が手を動かさずに受動的に楽しめるようにするというのが、従来のテレビの作り手として意識するところです。一方、スマホなどネットで見ていることが前提となれば、様々なデータに非常にアクセスしやすい状況だと思えるので、そこは思い切ってテロップの補足を減らして、小さな画面でも見やすくするということになります。
また、例えばコーナーキックのところで、どのような戦術でゴールに結びつけようとしていたのかを実況と解説が話しているときに、それが分かるような角度のカメラの映像をスローで見せていくわけですが、今回はマルチアングル映像から視聴者が自分でカメラを選択できるので、受け身だけじゃなく“攻め”で情報を取りに来るつもりで見ているということを意識しながら作ることになると思います」(長畑氏)
ただ、その作り方を64試合一律に適用するわけではない。「日本戦を楽しみに見ている方と、もうちょっと玄人好みの試合を楽しみになさっている方とでは、視聴者層が多分に違うと思うので、それぞれの試合で区分けをしていくのが、64試合に向き合う上でのやり方かなと思います」(長畑氏)と、各試合に適した中継スタイルを追求。
ABEMAで行っている英プレミアリーグの中継は、ワールドカップに向けてある種のトライアルの場にもなっているが、「ワールドカップは世界的なコンテンツをいろんな角度から楽しんでもらうため、64試合を通じてしっかりと見せていくというのが根底にあるので、プレミアリーグだけでその感覚をつかむことは、なかなかできないというのが正直なところです」(塚本氏)と打ち明ける。マルチアングル映像も、今回のワールドカップが本格導入の最初の事例となるだけに、最初は本番で試行錯誤しながら取り組むことになりそうだ。
●23試合独占生中継の「大きな責任」
テレ朝から人材面・技術面の協力を得る中で、ABEMAがこれまで培ってきたノウハウも積極的に活用していく考えだ。
塚本氏は「昨年から大谷翔平選手のMLBを中継させてもらっていますが、もちろん試合を通して応援するというのがある一方で、大谷選手のホームランシーンを切り出したオンデマンドコンテンツを楽しむ方も多くいらっしゃるんです。今回、ワールドカップ全体を通して楽しんでもらうことを提案する中で、28時(早朝4時)キックオフの試合も多いので、オンデマンドやSNSなどのサービスを掛け合わせることで、ワールドカップに接触してもらえる間口をいかに作るかというのは、ABEMAが培ってきたノウハウが生きると思っています」語り、それはスポーツ中継に限らず、ABEMAが様々なジャンルで得てきた手法に通じるという。
全64試合のうち、NHKや民放の放送がないABEMA独占生中継となるのは23試合。ここは大きな売りとなるが、それと同時に「この23試合は、もし我々の中で何かアクシデントがあれば、日本で見られなくなってしまうという大きな責任があります」(塚本氏)と強く意識している。ここまでの規模の大会を一手に引き受ける事例自体が初めてのため、それに耐えうるサーバーの増強など、万全の配信インフラ体制の準備にも余念がない。
今回のワールドカップについて、視聴数の目標値は具体的に掲げておらず、塚本氏は「本当に良い64試合の中継を届けて、『ABEMAがワールドカップをやって良かった』と思ってもらえることが、最大のミッションです」と使命感を語った。
○■次の時代に向けた見せ方のロールモデルを
ワールドカップの本番はこれからだが、今後も機会があれば両者によるタッグで取り組んでいきたい考えを持っており、塚本氏は「世界的なイベントを届けていくということに、もちろんABEMAとしてしっかりと向き合わなければいけないところではありますが、やっぱりテレ朝のみなさんの力は確実にお借りしていかなければできないし、今回長畑さんは、ABEMAの中にもノウハウを残すという思いでやっていただいているので、まずはいろいろ勉強していきたいと思っています。スポーツ中継やライブもの、特に競技時間や開催時間の制限がないコンテンツとインターネット配信の可能性はすごくあると思いますので」と意欲。
長畑氏は「次の機会がまたワールドカップなのかは分からないですが、もうスマホで映像コンテンツを見るということは、みなさんに習慣づいているところがあるので、そこにどうやって見せていくかというノウハウを我々も身に付けないといけない。せっかくこういう関係ができたので、次の時代に向けての見せ方を模索して、1つのロールモデルみたいなものが作れたら、それは最高ですね」と前を見据えた。
さらに、長畑氏は「ABEMAでは、将棋とか麻雀とか、地上波の民放テレビではなかなか扱えないものを競技として捉え、ショーアップしてコンテンツとして成立させていますよね。そういう今後の発掘につなげるようなことを、テレビ朝日もやっていかなければならないと思います」と刺激を受けているようだ。