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次世代の宇宙開発の準備を着々と進めるアリアンスペース

2022年10月28日18時46分 / 提供:マイナビニュース


ヨーロッパの宇宙ロケット打ち上げ企業である仏アリアンスペースは10月27日、ステファン・イズラエルCEOが来日して同社の事業の最新状況を報告した。イズラエルCEOによる記者会見は2019年に開催された後、新型コロナ問題のため2年間行われておらず、3年ぶりの開催となった。

商業宇宙ロケットのパイオニア

まず、アリアンスペースとはどんな企業なのか、概要を確認しよう。

アリアンスペースはヨーロッパの宇宙ロケット打ち上げを担う企業で、アリアングループの子会社となっている。アリアングループはアリアンロケットの製造を担っており。アリアンスペースはロケットの運用と、商業打ち上げの受注を担当する。航空機で言えば航空会社に相当する企業と言えるだろう。

ヨーロッパ諸国は共同で欧州宇宙機関(ESA)を運営しており、ESAが開発した大型ロケットのアリアン5、小型ロケットのヴェガを用いてヨーロッパの人工衛星打ち上げ能力を提供するのがアリアンスペースの役割だ。発射場は、フランス国立宇宙研究センター(CNES)がフランス領ギアナに設置しているギアナ宇宙センターを利用している。

さらに、アリアンスペースが受注した打ち上げにロシアのソユーズロケットを使用する事業も行っており、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地、ロシアのボストーチヌイ宇宙基地のほか、ギアナ宇宙センターからの打ち上げも行っている。

アリアンスペースは商業打ち上げのパイオニアでもある。世界の商業静止通信衛星の半分以上はアリアンスペースが打ち上げたものだ。またアリアンスペースは1986年に東京事務所を開設して以来、日本との関係も深い。日本の衛星テレビ放送に使用する放送衛星を運用するBSATは、12機の放送衛星全てをアリアンスペースが打ち上げた。またスカパーJSATは、21機の通信衛星をアリアンスペースで打ち上げている。
ロシアの侵攻で大きく転換

過去3年間、というより2022年はアリアンスペースにとって、激動の時期だったと言えるだろう。ロシアのウクライナ侵攻により、ロシアとの宇宙協力も停止したからだ。

2021年にアリアンスペースが打ち上げたロケットは、大型のアリアン5が3機、小型のヴェガが3機、中型のソユーズが9機で、半分以上がソユーズだったのである。一方2022年は、ソユーズは2月に1機が打ち上げられた後、打ち上げ準備中だったロケットがロシア側から一方的に打ち上げ中止にされており、その後の経済制裁もあって協力関係は途絶えた状況にある。10月27日現在、アリアン5は2機打ち上げ済みで年内にさらに1機を打ち上げ予定。ヴェガは改良型のヴェガCが1機打ち上げ済みで1機が打ち上げ予定となっており、ソユーズを合わせても合計6機。昨年より大幅に減少してしまった。

新型ロケット2機種へ世代交代

日本では新型ロケットのH3とイプシロンSが開発中だが、アリアンスペースも似た状況にある。アリアン6とヴェガCだ。

現在使用中の大型ロケット・アリアン5は1996年に1号機が打ち上げられて以来、改良を続けながら114機が打ち上げられている。1機のロケットで2機の大型静止衛星を打ち上げられるのが特徴で、通信衛星の商業打ち上げ市場を開拓したほか、昨年はNASAと協力してジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を打ち上げるなど、大型科学衛星や探査機の打ち上げにも用いられている。

その後継として開発中なのがアリアン6だ。アリアン6は第1段にアリアン5と同じヴァルカン2エンジン、第2段にはアリアン5の改良用に開発されていたヴィンチエンジンを使用するほか、固体ロケットブースターは新型のP120を使用する。アリアン6はブースターを4基使用するA64と、2基使用するA62の2つの構成が可能で、A64はアリアン5と同じく静止衛星2基の同時打ち上げに対応する。A62は従来ソユーズが担っていた、低軌道への打ち上げなどに対応するものだ。

当初は2021年の初打ち上げを目指していたが、現在は2023年の第4四半期を目標としている。イズラエルCEOは「開発が遅れている理由はいくつかある。まず初期の設計変更と、新型コロナによる作業の遅れがあった。ヴィンチエンジンは40年ぶりの上段用新型ロケットエンジンで、試験設備の準備に予想外の時間がかかった。新たに建設した発射場の設備はハード、ソフト両面で調整を要している。様々な小さな遅れが重なってはいるが、全体では着々と進捗している。大きな開発計画では、最終局面でこういうことが起きるものだ」と、打ち上げが遅れてはいるが大きな困難は生じていないことを強調した。

もうひとつの新型ロケットがヴェガCだ。小型固体ロケットのヴェガの第1段を、アリアン6の固体ブースターと共通のP120に変更して、衛星打ち上げ能力も20%向上している。新型大型ロケットの固体ブースターと、小型ロケットの第1段を共通化してコストダウンを図るのは、日本のH3とイプシロンSの関係と同一の設計思想と言えるだろう。ヴェガCは今年すでに1号機の打ち上げに成功しており、今後ヴェガを置き換える予定だ。

アリアンスペースは現時点で、アリアン5が3機、アリアン6が29機、ヴェガまたはヴェガCが9機という、多数の受注残がある。アリアン5はこの3機の打ち上げをもって引退する。アリアン6のうち18機は、アマゾンの低軌道コンステレーション通信衛星「プロジェクト・カイパー」の打ち上げだ。従来、このような打ち上げには主にソユーズが用いられていたが、アリアン6がその後継も担うことになった。


ソユーズ打ち切りの影響は一時的

2019年に行われた前回の記者会見では、多くの記者の関心は「スペースXの低価格攻勢に対抗できるのか」だった。アリアン6の開発は打ち上げコストの低減を大きな目的としており、果たしてスペースXのファルコン9ロケットの再使用化に対抗できるのか、アリアンスペースも再使用化を目指すのかが焦点となっていた。しかし今回は、関心の焦点はロシア問題に移った。

2021年にアリアンスペースの契約で打ち上げられた9機のソユーズのうち、8機は低軌道コンステレーション通信衛星のワンウェブ、1機は欧州版測位衛星のガリレオだったが、2022年はワンウェブの打ち上げを1回行っただけで打ち切られた。今後のアリアンスペースの打ち上げ予定からも、ソユーズは姿を消している。

ワンウェブはソユーズの代わりにスペースXやインドのGSLVロケットで衛星打ち上げを継続すると発表している。またESAもアリアンスペース以外のロケットを使用する可能性に言及した。アリアンスペースのラインナップからソユーズが消えた分が、他社のロケットに流出した格好となった。

このことについて、イズラエルCEOは「ESAが他国のロケットを使用するのは一時的、暫定的な方針に過ぎない。ヨーロッパの政府衛星は今後もアリアンスペースを優先使用する」と発言し、ヨーロッパの政府衛星打ち上げ能力を担当するアリアンスペースの位置づけには変更がないことを強調した。
アリアンスペースの商業打ち上げをH3ロケットで?

一方で、アリアン6の開発遅延もあり、アリアンスペースの打ち上げ能力に余裕がないのも事実だ。1号機打ち上げは2023年第4四半期とされており、「2024年までは予約でいっぱい(イズラエルCEO)」だという。今後もソユーズをはじめロシアのロケットを、日米欧などの企業が利用できる状況にないことを考えると、ロケット打ち上げ能力の供給不足は長期化する可能性がある。

一方、アリアンスペースは日本の三菱重工業と、衛星打ち上げに関する相互協定を結んでいる。受注した衛星打ち上げを、お互いに依頼できるというものだ。アリアンスペースでさばききれない商業打ち上げを、三菱重工業がH3で代行する可能性はあるのだろうか。

高松聖司東京事務所代表は「三菱重工業との協定はまさに、現在のような状況に対応するためのものだ。三菱重工業とアリアンスペースは商業打ち上げ市場においてはライバルでもあるが、パートナーでもある。重要なのは顧客に打ち上げサービスを提供することにある」とアリアンスペースが受注した衛星打ち上げを三菱重工業に依頼する選択肢について、期待を述べた。

ただし、H3も開発が遅れており、1号機の打ち上げは2022年度中を予定しているものの、同様に遅れるはずの2号機以降の打ち上げ時期は未発表となっている。H3がアリアン6のバックアップとして商業打ち上げを依頼されても、近年中に追加打ち上げを設定できるかは不明だ。H3に出番が回って来るかは、H3側の打ち上げ回数を増加できるかどうかに掛かっていると言えそうだ。
すでに始まっている次世代開発

アリアンスペースは、今後の技術開発についての見通しも示した。現在開発中のアリアン6はすでに改良型の「ブロック2」の開発も行われており、「プロジェクト・カイパー」の打ち上げに適した改良が行われる。またヴェガCの第3段固体ロケットを液体メタン燃料エンジンに置き換えて能力向上するヴェガEの開発も行われている。

また、アリアン6の改良や後継として、再使用型ロケットの開発も継続する。現在、日仏独共同の再使用ロケット実験機カリストの開発が行われているが、さらにアリアンスペース独自の実験機テミスの開発が行われている。アリアン6の後継機、アリアンネクストへ向けた技術開発がすでに進行中だ。

アリアンスペースは再使用型ロケットを「グリーンなロケット」と表現した。2019年にはスペースXとの比較で「価格競争には再使用型ロケットの必要性があるか」ということが注目されたが、今回のアリアンスペースの発表では価格に関しては触れられず、ロケットを使い捨てにしないという環境面のメリットが前面に掲げられた格好だ。

再使用型宇宙船スージーの構想も示された。スージーはスペースシャトルの機首だけを切り取ったような砲弾型の宇宙船で、アリアン6で打ち上げられる。着陸はロケットエンジンの逆噴射による垂直着陸方式で、宇宙ステーションなどへの補給に用いる貨物型と、有人型が考えられている。

ロシアのウクライナ侵攻には大きな影響を受けたが、アリアンスペースはアリアン6を軸として体制を整えつつあり、商業打ち上げサービスという事業は盤石であることを強調した。一方で世界的に宇宙ロケットが供給不足であり、アリアンスペースにも当面は余力がなく、日本のH3ロケットも含めて国際協力が必要なことも認めた。

商業宇宙輸送にとって予想外の大きな節目となった2022年だったが、アリアンスペースはすでに次世代の宇宙開発を視野に入れて動き出していることを強調した発表だった。

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