2022年10月20日19時26分 / 提供:マイナビニュース
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理化学研究所(理研)は10月19日、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」(RIBF)を利用し、原子番号47の銀から原子番号50のスズまでの非常に中性子過剰な20種の放射性同位元素(RI)の遅発中性子放出確率の測定に成功したことを発表した。
同成果は、理研 仁科加速器科学研究センター RI物理研究室のヴィ・ホー・ホアン特別研究員、同・西村俊二先任研究員、同・ジュセッペ・ロルッソ客員研究員(研究当時)、同・櫻井博儀室長らのBRIKEN(ビーリケン)プロジェクトを中心とした、国内外約30の大学・研究機関60名以上の研究者が参加するBRIKEN国際共同研究グループによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
これまで、宇宙初期の同位体分析は難しいとされてきたが、詳細な解析により、原子番号56バリウムの同位体の135Ba(中性子数79)、137Ba(同81)、138Ba(同82)の同位体比が報告された。宇宙初期の「速い中性子捕獲過程(r過程)」成分と、太陽系のr過程成分におけるBaの同位体比を比較することが、r過程の起源を明らかにするために望まれていたというが、太陽系には「遅い中性子捕獲過程(s過程)」成分も含まれており、特に138Baの約95%はs過程が起源であるため、太陽系におけるr過程を起源とするBa同位体比は不明であり、太陽系に含まれるr過程を起源とするBaの同位体比を見積もるためには、質量数135近傍の中性子過剰なRIの半減期に加え、「遅発中性子」の放出確率の高精度なデータが必要だったという。
そこで今回は、理研のRI寿命測定装置「WAS3ABi」と、欧州の大球形ゲルマニウム半導体検出器「EURICA」を組み合わせた高性能核分光測定の「EURICAプロジェクト」で収集した大量の半減期データに加え、Baの同位体比に大きな影響を与える遅発中性子放出確率の精密なデータが収集された。
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具体的には、世界最高水準の遅発中性子検出装置「BRIKEN」などを用いて、原子核のベータ崩壊に伴って放出される希少な中性子が効率的に測定された。そして測定結果が統計処理され、遅発中性子放出確率が高い精度で決定された。このうち、最も中性子過剰な以下の原子番号47の銀から50のスズまでの4元素計8種の同位体は、世界で初めて遅発中性子放出確率が得られたという(カッコ内は中性子の個数)。
銀:130Ag(83)、131Ag(84)
カドミウム:133Cd(85)、134Cd(86)
インジウム:135In(86)、136In(87)
スズ:138Sn(88)、139Sn(89)
また、136Inを含む6種では中性子を2個放出する現象も観測されたとする。
遅発中性子を放出する確率は中性子が過剰になるほど増加するが、今のところ理論計算では半減期と遅発中性子放出確率(P1n、P2n)を精度よく予測することは難しく、実験値との誤差が大きいことが確かめられたという。
r過程で生成されたRIがベータ崩壊し、安定核にたどり着く過程で遅発中性子を1個(または2個)放出すると質量数が1つ(または2つ)減り、別の元素となる。ベータ崩壊により安定な原子核にたどり着く様子を再現するためには、RIが遅発中性子を放出する確率を考慮する必要があるとする。
そこで、新たに得られた遅発中性子放出確率のデータを連星中性子星合体における重元素合成計算に取り込み、太陽系の質量数129~139の同位体分布が計算された。その結果、r過程での同位体分布は質量数130にピークを持ち、以下の偶数の質量数を持つ元素が多いことがわかったとする(元素名の後ろのカッコ内は原子番号)。
テルル(52):130Te
キセノン(54):132Xe、134Xe、136Xe
バリウム(56):138Ba
そして、奇数の質量数を持つ以下の元素が少ないことがわかった。
ヨウ素(53):129I
キセノン:131Xe
セシウム(55):133Cs
バリウム:135Ba、137Ba
これらから、実際の同位体分布の凹凸パターンをよく再現することが判明したという。
また、同様の計算でBa同位体比の見積りが行われたところ、宇宙初期の天体である金属欠乏星の成分比と近いことが明らかにされた。
なお、今回の成果について研究チームでは、加速器実験による測定値から同位体比を正確に予測した初めての結果であり、宇宙初期と太陽系の重元素の起源の解明に新たな道筋を与えることが期待できるとしているほか、今回の研究では、太陽系のr過程成分のBaの同位体比が金属欠乏星と比較されたが、同様の手法でXeの同位体比の検証も可能だとしている。
このほか、さまざまな元素の同位体比の分析は、隕石や海底においても精力的に行われており、すでに消失してしまった多くの中性子過剰な原子核のデータを正確に取り込んだr過程の計算による同位体比分析法は、今後のr過程の研究において強力な検証手段となることが期待できるともしている。