2022年10月16日20時45分 / 提供:マイナビニュース
●「普遍的なこと」と受け止めて演じた
小栗旬主演の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第39回で、柿澤勇人演じる鎌倉幕府3代将軍・源実朝は女性を愛せないということが明らかに。さらに実朝が、北条泰時(坂口健太郎)に想いを寄せていることも判明。LGBTQをテーマにした大河ドラマは珍しいが、それも時代の潮流を読んだ三谷幸喜氏の脚本ならではの展開だ。「新しい実朝像を描きたい」という三谷氏の思いに応えた柿澤に撮影秘話を聞いた。
なかなか世継ぎが誕生しない実朝がついに、自分は側室を持たないし、妻の千世(加藤小夏)にも、そういう気持ちになれないと、心に抱えていた葛藤を涙ながらに吐露。また、泰時に恋の和歌を贈り「返歌を楽しみにしている」と告げるも、のちに源仲章(生田斗真)に歌の意味を教えられた泰時から、贈る相手を間違えているのではと言われて悲しそうな表情を見せる切ないシーンも描かれた。
「三谷さんが実朝に対してかなり思い入れがあり、『新しい実朝像、本当の実朝みたいなものを描きたい』とおっしゃっていたので、すごくプレッシャーを感じました」と打ち明けた柿澤は、実朝の葛藤について「それはきっとどの時代でもあったことかなと。現代でももちろんそうですし、国も関係なく普遍的なことなのかなと受け止めて演じました」と語る。
「回を追うごとに、実朝のパーソナルな部分が明るみになってきました」と言う柿澤だが、確かにこれまでにも、そういうシーンがいくつか描かれてきた。妻・千世との心ここにあらずなやりとりしかり、泰時に向けられる熱い眼差ししかり。
特筆すべきは、大竹しのぶ演じる歩き巫女に、実朝が悩みを打ち明けるシーンだろう。妻の千世をめとったことについて「私の思いとは関わりないところで、すべてが決まった」と憂鬱そうに言うと、歩き巫女から「お前の悩みはどんなものであっても、それはお前1人の悩みではない。遥か昔から、同じことで悩んできた者がいることを忘れるな」と、懐の深い助言が返ってきたのだ。
誰にも相談できなかったことを初めて歩き巫女に打ち明けた実朝は思わず涙したが、ここで彼の心が少し軽くなったのはその表情からも読み取れたと思う。また、このやりとりは、実朝のパーソナルな悩みだけではなく、誰もが抱える様々な苦悩についての普遍的なメッセージとも受け取れて、視聴者の心を大いに揺さぶった。
思い返せば、同じ鎌倉時代を描いた大河ドラマ『草燃える』(79)でも、実朝(篠田三郎)と、御台所(多岐川裕美)の冷め切った夫婦関係が描かれた。そこには実朝が、世継ぎを作ることが、政争の火種となることだと嘆き「子は作らぬ」と宣言したという背景があったが、今回は三谷氏が令和の大河としてアップデートしたわけだ。
とはいえ、日本の歴史を振り返れば「男色」を好む人々が多くいたことは、歴史書などにも残っているし、大河ドラマでも何度かそれらしきシーンが描かれてきた。江戸期以降の武家社会では「衆道」「若衆道」、歌舞伎の世界では「陰間」という言葉で表現されてきたそうだ。
柿澤は大河ドラマ『軍師官兵衛』(14)では森蘭丸役を演じていた。そういうシーンは描かれなくても、見目麗しい蘭丸が、織田信長に身も心もゆだねた小姓であったことはよく知られている。
また、同じく柿澤出演の『平清盛』(12)では、松山ケンイチ演じる平清盛を疎ましく思う藤原頼長(山本耕史)が、弟の家盛(大東駿介)に取り入ろうと家に招き、深酒をしたあとで、家盛を寝所に連れ込んで押し倒すというシーンが描かれた。当時の大河ドラマとしては、かなり攻めた表現だとされ、視聴者をざわつかせたのだ。
そういう流れがあっての令和4年放送の『鎌倉殿の13人』だが、多様性を重んじる現代だからこそ、実朝に寄り添って描かれた。
●歩き巫女役の大竹しのぶをリスペクト
ちなみに、実朝の相談を受けた歩き巫女のおどろおどろしい風貌は強烈なインパクトを放ったが、柿澤は直前まで大竹が演じことを知らされてなかったと言う。「台本をいただいた時に、歩き巫女のところは空白になっていたので、『誰なんだろう?』と言っていたら、大竹しのぶさんだと聞いてすごくびっくりしました」
柿澤と大竹は舞台『スウィーニー・トッド』以来の共演となった。「舞台が終わってからもすごく可愛がっていただき、お互いの舞台を観に行ったりしていました。コロナ前はかなり高い頻度で飲みに連れていってくれたり、ご飯に誘ってくれたりしました。僕が舞台でケガをして地方公演を降板してしまった時も連絡をいただいて、何かと気にかけてくださいますし、僕も芝居や舞台のことでたくさん相談に乗っていただきました」
奇遇にも、柿澤が資料として太宰治の『右大臣実朝』を読む際に、大竹からもらった御礼状のハガキをしおりとして使っていたそうだ。
「僕がしのぶさんの主演舞台『ザ・ドクター』を観に行った時にいただいたメッセージつきの御礼状ですが、それをブックマークとしてはさんでいたんです。やはりしのぶさんの芝居に対する集中力や、役への向き合い方は尋常じゃないので、僕もあそこまで深くいきたいという憧れがあり、今回の大河への懸ける思いもあったので、それを使っていました。それが、まさか実朝の悩みを一発で当てて、実朝の運命についても触れる役柄になるとは!」と、驚きを隠せなかったそう。
この2人の“伏線”があったことで、実朝と歩き巫女とのやりとりが、より深みのあるシーンになったのかもしれない。そして歩き巫女からの「雪の日は出歩くな」という意味深な忠告が、今度どう作用していくのかも気になるところだ。
常に思いやりを持って人と接することができる実朝だが、その優しさがあだとなり、義時たちに翻弄されていくことになる。でも、柿澤演じる実朝のピュアな魅力が際立つほど、彼が見舞われる悲劇もより色濃く描かれるに違いない。視聴者としては、懸命に、そして誠実に生きた実朝の奮闘をしっかりと見届けていきたい。
■柿澤勇人
1987年10月12日生まれ、神奈川県出身。2007年に劇団四季の舞台『ジーザス・クライスト=スーパースター』で俳優デビュー。主な出演舞台は『スリル・ミー』『スウィーニー・トッド』『デスノート THE MUSICAL』『サンセット大通り』『フランケンシュタイン』など。2011年に『ピースボート -Piece Vote-』でテレビドラマ初出演、同年『カイジ2』で映画初出演。映画の近作は『すくってごらん』(21)、『鳩の撃退法』(21)など。大河ドラマは『平清盛』(12)、『軍師官兵衛』(14)に続いて『鎌倉殿の13人』で3度目の出演。
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