2022年10月07日14時54分 / 提供:マイナビニュース
●
理化学研究所(理研)、QunaSys、大阪大学(阪大)の3者は10月6日、大規模な量子系のダイナミクスを、高精度に計算するための量子回路の効率的な設計法を構築したと発表した。
同成果は、理研 量子コンピュータ研究センター 量子計算理論研究チームの水田郁基礎科学特別研究員、同・藤井啓祐チームリーダー(阪大大学院 基礎工学研究科 教授兼任)、QunaSysの中川裕也リードサイエンティスト、阪大大学院 基礎工学研究科の御手洗光祐助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、「PRX Quantum」に掲載された。
量子系のダイナミクスを計算する量子回路の設計には、古くから時間を微小に分割・離散化する「鈴木-トロッター分解」と呼ばれる手法が用いられてきたが、高精度な大規模量子計算を行うには、実現困難な大量のゲートが必要となってしまうという課題があった。そこで近年では、より大規模な量子系に応用され得る手法として、現在実現している小規模な量子コンピュータ(NISQ)でも動作する、変分量子アルゴリズムに基づいた量子回路の構築法が盛んに研究されている。
しかし、これまでのその手法では、目的の大規模な量子系のダイナミクスを少ないゲート数で計算する量子回路を設計するため、その目的のダイナミクス自体をあらかじめ量子コンピュータで実現しなければならない、というある種の本末転倒な問題を抱えていたという。そこで研究チームは今回、物理的に自然な仮定の下で情報の伝播する速度限界を与える理論である「Lieb-Robinson限界」に着目することにしたとする。
具体的には、設計した量子回路がどのぐらい正確に量子系のダイナミクスを再現するかという誤差の指標を表す、(変分量子アルゴリズムの)コスト関数の効率的な計算法が構築された。
このコスト関数は、目的の量子回路をコンパクトかつ高精度に設計するために量子コンピュータで計算される必要がある一方で、多くのゲートを使った大規模量子コンピュータを必要とするため、その直接的な計算は困難だと考えられていた。そこで、コスト関数を効率よく計算するために、「Lieb-Robinson限界によって、量子系の時間変化の情報はその伝播する小さな範囲内を調べればわかる」という事実に着目することにしたという。
この事実を量子系の時間変化に関する情報の一種と解釈できるコスト関数に応用することで、目的の大規模な量子系の量子回路を設計するためのコスト関数を、情報が伝播し得る範囲において小規模な量子系のコスト関数で計算できるという性質が明らかにされた。
●
同手法の具体的検証として、物性分野で最も単純な模型である1次元ハイゼンベルグ模型に対する数値実験が行われ、数十量子ビットの量子コンピュータにおける同手法の挙動が、古典(既存)コンピュータによって再現された。
その結果、同手法では鈴木-トロッター分解という従来手法と比べて、同じゲート数で約100倍精度良く量子系のダイナミクスを計算できることが判明したとするほか、最適化された量子回路を繰り返し用いることで、より長時間スケールのダイナミクスも効率よく計算できることが明らかにされたという。
今回の手法は、量子回路を設計するための計算の過程がLieb-Robinson限界で決まる小規模の量子系で閉じている点がポイントだという。それ故、目的の大規模な量子系のダイナミクスをあらかじめ正確に再現する必要がなく、小規模量子コンピュータまたは古典コンピュータを用いて効率よく計算する、コンパクトで高精度な量子回路を設計することが可能であり、大規模な量子系のダイナミクスの計算という、古典コンピュータでは困難な量子コンピュータの最も重要なアプリケーションの実現を加速するものと期待できると研究チームでは説明している。
また今回の手法は、Lieb-Robinson限界という広範な量子系の持つ普遍的性質のみに依拠することから、大規模サイズ・長時間スケールのダイナミクスの効率的な量子計算に汎用的に役立ち、物性・材料・化学分野で関心の対象となるさまざまな量子物質に応用可能だと考えられるともする。
さらに、量子系のダイナミクスを計算する量子回路は単に量子系の時間発展を計算するだけではないという。エネルギー固有値・固有状態などの実応用の面において、重要なさまざまな性質を計算できる量子位相推定アルゴリズムなどの中でも多用されている。今後、今回の研究成果がさまざまな目的に利用されることで、より広範な量子アルゴリズムの効率化に貢献することが期待できるとしている。