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本当は子供に見せられない『もののけ姫』。無防備なサンとアシタカに何があったのか問われた宮崎駿「わざわざ描かなくてもわかりきってる!」

2018年10月26日18時00分 / 提供:ニコニコニュース

 毎週日曜日、夜8時から生放送中の岡田斗司夫ゼミ。10月21日の放送では、日テレ系『金曜ロードSHOW!』にて26日に放送される、宮崎駿監督作品『もののけ姫』の解説が行われました。

 この中で、パーソナリティの岡田斗司夫氏は、本編を見る前に押さえておくべきポイントとして、カヤやサンといった女性キャラクターとアシタカの「大人の関係」にまつわる演出技法を、具体的なシーンの紹介を交えながら語りました。
岡田斗司夫氏。
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女性視聴者から反感を買った『もののけ姫』のシーン
岡田:
 アシタカが村から追い出されることになった後、村の出口で、自分を慕う少女のカヤに呼び止められます。ここでカヤは「いつまでもお慕い申し上げます」と愛の告白をして、黒曜石で出来た小さなナイフをアシタカに渡します。アシタカはそれを受け取ると、メッチャイケメンな顔でニッコリ笑いながら「私もだ。いつまでもカヤを思おう」なんて言います。

 この「これからもずっとあなたのことを思います」というセリフはどういう意味かというと、「この先の生涯、あなたの他に誰とも恋をしません」という意味なんですね。そんなことを、黒曜石の小さなナイフを受け取ったアシタカは、爽やかに笑いながら言うんです。

 でも、女の人の中には、このシーンが嫌いというか「アシタカのこういうところが好かん!」と言う人がかなりいるんですよ。

 なぜかというと、アシタカは、女の子にここまで言われて、イケメンな感じで微笑んで、大切な黒曜石の小刀を受け取っておきながら、後でその大事な小刀を、事もなげに別の女の子にプレゼントするからなんですよ。カヤと同じ石田ゆり子が声優をしているもんだから、ついつい好きになっちゃったサンに(笑)。これについて「なんじゃこのアニメは!」と、お姉さま方は怒るわけですね。

 確かに、怒って当たり前なんですよ。物語のラストで「私も、また時々、お前に会いに来よう」「ええ。来て来て」みたいな感じで、サンとイチャついてる暇があったら、呪いはもう解けたんだから、生まれ故郷の村に戻って、カヤに会ってやれよ、と。

 そんな「アシタカのこういうところが許せない!」という、女性ライターの方の怒りの声が、ジブリの公式本である『ジブリの教科書』にすら書いてあるわけです。まあ、怒る気持ちはよくわかるんですけど。
「カヤとアシタカの別れ」に隠された意味
 実はこの、村の出口でカヤに呼び止められるシーンというのは、そういう意味ではないんですよね。ここでの描写は、全て“象徴”に過ぎないんですよ。

 ここが『もののけ姫』を作る時に宮崎駿が取った「必要なことは全て描くけども、わかるようには描かない」という部分なんですね。

 村の外れに、夜中、女の子が偲んで会いに来て、そして「自分は生涯、恋をしない」=「貞操の印」というのを男に手渡したわけです。これ、どういう意味かというと2人は人目を偲んでセックスしましたっていう意味なんですね。だけど、宮崎さんは、そんな直接的なセックスシーンを描きたくないので、わざわざ「私はいつまでも貞操を守ります」という言葉と、小刀を渡すことによって、それをメタファーとして表現しているんです。

 本当は、ここでカヤとアシタカは、人目を偲んでセックスしている。だから、カヤの中には、ちゃんとアシタカの血筋が残ることになり、そうやって生まれたカヤとアシタカの子孫たちが、オープニングで映される土面の紋様として“アシタカ王の伝説”を語り伝えていくという話になっているんです。

 でも、宮崎さんって人一倍恥ずかしがり屋だから、こういうことを誰にでもわかるように描かないんですね。
本編内に隠されたもう一つの性描写
 これとは違う、もう1つセックスにまつわるエピソードが『もののけ姫』の中に入っているんです。それが、怪我を負い、サンに看病されたアシタカの傷が治って、何日も寝たきりだったところから起きるというシーンです。

 サンの暮らす岩屋の中で、アシタカは寝ているサンを見つめているんですけど。この時のサンは、かなり無防備な寝顔で寝ていて、おまけに脚も見えているんですね。このシーンのコンテを見てピンと来た鈴木敏夫は、「この時点で、2人はセックスしてますよね?」と聞いたそうなんですよ。

 宮崎駿って、こういうふうに作品について何かを聞かれた時には「いや違う」とか、「そうです」というふうに、絶対に何か答えるんですけど。この件に限っては、宮崎駿は一切答えようとしなかったそうです。そんな話を、鈴木敏夫はすごく嬉しそうにラジオで語っています。

 ちなみに、その後、鈴木敏夫が問い詰めた結果、宮崎さんは「そんなの、わざわざ描かなくてもわかりきってるじゃないですか!」って言ったそうなんですけど(笑)。
『もののけ姫』における宮崎駿の演出技法
 宮崎駿が『もののけ姫』で取った表現技法というのは、こういうものなんですよ。「女が夜中に男に会いに行った」というだけで、アシタカやカヤの部族では「関係があった」とみなされるわけですね。

 おまけに、カヤはそこで「私も連れて行って!」とは言わないし、アシタカが出ていくことに関してもグズグズ言わない。それはなぜかというと既に2人はセックスしていて、彼女は子供を貰っているからだという意味なんです。

 アシタカの血筋はこの村に残り、カヤがそれを受け継ぐ。つまり、宮崎駿に言わせれば「このシーンを見ておいて、そんなこともわからないようなヤツは、そもそも俺の映画はわからねえよ!」ということなんですね。

 ……「そんなもん、わかるはずがあるか!」と(笑) 僕も、この映画が公開した時、何度も映画館で見たけどわからなかったですし、その後、VHSで見てもわからなかったし、DVDで見てもわからなかったです。

 今回、この企画用にBlu-rayで見た時に、初めて「ああ、そういうことか」ってわかったんですよ。それも、あらかじめ、鈴木敏夫がラジオで語っていた「サンとアシタカはちゃんとセックスしている」という話を聞いた上で、このシーンを考えて、やっと気がつくことが出来たんです。

 これが、『もののけ姫』を作る際に宮崎駿が取った「必要なことはちゃんと描く」という、それまでの作品とは違った作り方なんです。つまり「こういう部族で、別れの夜に、男女が会っているということは、もう関係があったということだ」と。そんなふうに「関係があった」という事実はちゃんと描きたい。しかし、それを“表現”することはしたくないという、宮崎駿の描き方なんですね。

意味がわかると100倍美しく見えるアシタカの旅立ち
岡田:
 カヤと話した後、アシタカが村を出て走っていると、夜が明けます。それと同時に、音楽が盛り上がって行く。背景自体も、メチャクチャ綺麗な夜明けの風景なんですよ。みなさんも、金曜ロードショーで確認してください。物凄く綺麗です。

 というのも、このシーンでは、宮崎駿は、音楽の久石譲と、背景の担当者に、わざわざこんな注文していたんです。「今、アシタカの心の中は、絶望と怒りと悲しみで真っ黒です。そんな彼には最高の朝をあげたいんです」と。

 アシタカは礼儀正しいから「村から出て行け」と言われたら、「はい。わかりました」と言って素直に出て行ったんだけど、心の中は「なんで俺がこんな目に遭うんだ!? 俺は村を助けたじゃないか! 女の子を助けたじゃないか!」という気持ちでいっぱいなんです。やりきれなさで震えるくらい腹立たしくて、哀しくて、ガタガタしているんですよ。

 でも、そんな姿を自分を見送ってくれたカヤには見せたくなかった。心配して欲しくないからこそ、彼女に「カヤ、私もお前を思おう」と言う時には、すごくニッコリ笑ってるんです。

 あれは、必死であの顔を作っているんです。だから、必要以上に明るい顔なんですよ。本来なら、婚約者の女の子との永遠の別れだから、悲しい顔をするはずなんだけど「悲しい顔をしちゃいけない」と思うあまり、悲しそうな顔をするカヤに対してアシタカは、まるで嬉しそうな顔で笑ってしまう。それこそが、このアシタカという青年の持っている哀しみなんです。

 そんなアシタカの心意気に、「僕は何かプレゼントをしたい。彼の旅立ちには“最高の朝”をあげたい。だから、頼む! ここの風景は、物凄く綺麗なものを描いてくれ! 久石さん、ここの音楽はすごい曲を描いてください!」と。

 なぜかというと、僕らのアシタカというのは、そういう男なんです! いい男でしょう? そんな、自分の心の中が真っ黒であっても頑張っている男の子には、世の中には、絶望の只中にいたとしても、美しいものがあるということを見せてあげたいじゃないですか!

 ……と、宮崎駿が言った結果、生まれたのが、このアシタカの旅立ちシーンなんですね。もう、あまりのカッコよさ! 宮崎さんの心意気と、またそれに応える音楽と背景のスタッフ!
「簡単にわかるように描かなかった」ことによって生まれた誤解
 でも、こういった熱さとか内情が観客にはあんまり伝わっていないんですよね。アシタカが「うん。ありがとう、俺もお前のことをずっと思ってるよー」って、ニコニコ笑いながら、パカパカと馬みたいなシカみたいなやつに乗ってるように見えちゃうんですよ。

 ここで流れる曲というのは、久石譲が渾身の力を込めて書いた、その名も『アシタカせっ記(アシタカの伝説)』という名前の曲なんです。そんな壮大な曲が掛かって、綺麗な風景がザーッと続くものだから、何も知らずに見ると、なんとなく「アシタカが楽しそうに旅を始めた」ように見えちゃうんですよね。

 本当は「彼の内面にはどす黒い絶望があるんだけど、そんな中でも、この世界は美しいんだ」と伝えたかった宮崎さんのメッセージが、お姉さま方の指摘しているような「お前、なんだかんだいって、楽しそうじゃねえか!」って見えちゃう。

 ここら辺の原因はやっぱり、本来は『アシタカせっ記』だった映画のタイトルを『もののけ姫』にしちゃったからなんですよ。『もののけ姫』という、一見すると恋愛がテーマになっているようなタイトルにしたから、「この村の地味な女の子の次には、もっといい女が待っているぞー! 音楽もついつい盛り上がっちゃうよー!」っていうふうに見えちゃうんですよね。だから、本当に罪作りなタイトルだと思います。

 あとは、今、コメントにあった通り、宮崎さんが観客を信じ過ぎたところもあるのかもしれません。

 でも、本来、こういった変なことがあったら、映画は外れるものなんですけど、『もののけ姫』はすごく当たって、多くの人が何度も劇場に見に行った。ということは、やっぱりみんな、見ている中で矛盾を感じているからなんですね。そういった矛盾を確かめようとして、リピートしたことによって、この映画の動員は上がっていったという部分もあると思います。

 なので、みなさんもとりあえず「アシタカは気軽に女の子の心を弄んで、大事な小刀を次に好きになった女子にあげちゃう最低男ではない」ということだけは、理解してやってください。

▼記事化の箇所は32:53からご視聴できます▼

#253表 岡田斗司夫ゼミ「新しい見方が発見できる!『もののけ姫』を見る前に、知っておくべき大切なこと」(4.62)

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