2022年11月04日14時25分 / 提供:マイナビニュース
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米バイデン大統領が2022年8月9日に署名して成立した、半導体の米国内研究開発や生産を支援する補助金527億ドルの支給条項を含む「CHIPS and Science Act of 2022(CHIPS法)」に基づく予算は5年間で総額2,800億ドルときわめて大規模である。
法律名にScienceが入っているのは、米国の競争力を高めるために、AIや量子コンピュータ、通信技術などの科学研究促進向けに約2000億ドルを支援する措置が含まれているからである。
CHIPS法では、5年間で総額527億ドルが半導体産業に支給される見通しだが、これが全額半導体ファブの新・増設向けに適用されるわけではなく、その内訳は以下のとおりとなっている。
○1. 半導体製造施設への助成=390億ドル(商務省所管)
半導体および関連材料・装置の製造・組立・検査・先端パッケージに関して、米国内の施設および設備の新増設・刷新を財政的に支援する目的(融資・債務保証含む)。1年目は190億ドル、2~5年目は各50億ドルが割り振られ、1年目の190億ドルの中から特にレガシー半導体施設の新増設に20億ドルが割り当てられる。各申請あたりの助成上限額は60億ドルだが、初年度には多数の半導体メーカー、装置・材料メーカーが応募することが予想されるため、実際に1社あたりに助成される金額は相当少なくなることが予想される。
○2. 半導体研究開発への助成=110億ドル(商務省所管)
初年度50億ドル(このうち国立半導体技術センタ(NSTC)に20億ドル、先端パッケージ研究に25億ドル)、2年目以降は20億ドル、13億ドル、11億ドル、16億ドルの予定。人材開発への資金支援を含む。
○3. 防衛基金=20億ドル(国防総省所管)
“研究室から工場へ”というテスト/プロトタイプ製作ハブを形成して、マイクロエレクトロニクスの技術的成熟に焦点を当てたネットワークを構築する官民マイクロエレクトロニクス・コモンズ計画が実施される予定。
○4. 国際技術保障とイノベーション基金=5億ドル(国防総省・米国際開発金融公社(DFC)所管)
情報通信技術セキュリティや半導体サプライチェーンに関する有志国政府との協力を支援。
○5. 人材育成基金=2億ドル(国立科学財団(NSF)所管)
近い将来不足するであろう米国内における半導体人材育成の実施。
○6. 投資減税(財務省所管)
半導体製造施設の建設・製造装置、半導体製造装置製造に対する投資について、4年間にわたり25%の税額控除。
また、CHIPS法のガードレール条項としては、以下のような記載がある。
上記の補助金を受ける企業は、その日から10年間、中国を含む懸念国に対して安全保安上脅威となる共同研究や技術ライセンスを規制する。
補助金・税額控除適用対象者に対して、国家安全保障上脅威となる特定国における28nm未満の先端半導体(レガシー半導体は除く)製造施設の新規建設および製造能力の拡大規制を税制支援開始後10年間適用する。
なお、米国政府は、CHIPS法の規制とは別に(上記補助金需給の有無に関係なく)、中国半導体メーカー向けに米国製半導体製造装置や半導体技術の輸出を規制することを2022年10月7日に発表している。多国籍企業の中国工場に対してはケースバイケースで許可を判断するとしており、すでにIntelやSamsung、SK hynixなどに対して、今後1年間の規制執行猶予を通達したという。
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申請者が増えれば個別の支給額が減るジレンマ
米国政府は、CHPS法の施行により、半導体の研究や製造に総額527億ドルの資金を用意したが、半導体工場への補助は390億ドルで、しかも初年度の割り当ては190億ドルである。これを、すでに新ファブの建設を米国内で開始しているIntel、TSMC、Samsung、Texas Instruments、Micron Technology、Skywater、GlobalFoundries、onsemiなどといった半導体メーカーやApplied Materials、ASMLといった多数の半導体製造装置・材料メーカーで分配すると個別の補助金は少額になってしまう。申請手続きの開始自体は2023年からになる模様で、申請の全体像はまだ見えていないのが実情である。
かつて、日本では「米国は520億ドルもの半導体補助金を計上しているのに、TSMCの熊本進出に際しては5000億円程度の補助金しか出ない」などといった議論もあったが、CHIPS法は複数年度にまたがった補助金の総額であり、日本の個別企業向け補助金、しかも単年度のものを比較するのは、若干、話の筋がズレていると言える。
自民党半導体戦略推進議員連盟の甘利会長は、2021年12月に「今後10年間で7~10兆円必要」と述べており、同議連は2022年5月にも、「今後10年で官民あわせて10兆円規模の追加投資を行うべきである」と決議しているが、概算というだけで何に使うか不明である。
今後も経済産業省や文部科学省は年度ごとの予算のほか、補正予算も計上していくことが予想されるため、米国のような全体像が見えにくいことが議論を難しくしているように見受けられる。
なお、米国でも軍事用あるいは軍民デュアルユースの半導体技術関連の予算は、CHIPS法とは無関係に、従来通り国防総省が経常予算として計上している点に注意が必要である。