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文化放送・太田英明氏、徳永英明とのラジオ秘話「武道館で2年連続歌った」

2021年02月16日10時00分 / 提供:マイナビニュース

●新人時代の“変な教育”回顧「放送局ってすごい」
ラジオ業界に関わる様々な人を掘り下げる連載「ラジオの現場から」。今回登場するのは、文化放送の太田英明編成局長だ。1986年の入社以来、アナウンサー一筋だったが、昨年10月付けで編成局長に就任。番組内で辞令が発表されるという前代未聞の出来事が話題になった。

編成局長としてどんな番組を作っていくのか。その姿勢を掘り下げるためには、まず本人の人となりを知る必要がある。そこで今回は太田氏のラジオ歴を紐解いてみたい。文化放送に入社した直後から異例の抜てきを受けて、太田氏は様々な番組に関わっていく――。
○■ニッポン放送をよく聴いていた学生時代

――ここからはリスナー時代からの太田さんのラジオ歴をお聞きしたいんですが、最初にラジオに触れたのはいつですか?

子供の頃、大して体の調子が悪くないのに、学校に行きたくなくて、熱があると言ってずる休みしたんです(笑)。でも、布団の中に入ったものの、別に体調が悪くないから寝られない。暇で暇でしょうがなかったときに、近くにあったラジオをつけたのがたぶん最初の経験だったかなと思います。

――まだテレビが子供部屋にない世代ですよね。どんな番組を聴いたか、記憶にあります?

どの局を聴いても、ゴールデン・ハーフ(70年代前半に活躍した女性アイドルグループ)の曲が流れてきて、「この曲って流行っているんだなあ」と思った印象がありますね。例えば、日曜日の朝はダラダラとゆっくり寝ていられるんで、他局で申し訳ないですが、ニッポン放送さんの『不二家歌謡ベストテン』やくず哲也さんの『日曜はダメよ』といった日曜日の午前中のラインナップを聴いていました。

――当時、文化放送を聴いた経験はあったんですか?

子供の頃は神奈川に住んでいる時期が長かったんですけど……ニッポン放送でしたね(笑)。野球も好きだったので、『ショーアップナイター』もよく聴いていました。

――世代的には深夜ラジオの全盛期にぶつかっていると思うんですが、学生時代に聴かれていました?

中学生の頃は笑福亭鶴光さんの『オールナイトニッポン』が流行っていましたね。学校で「昨日こうだったね」とよく話していました。夜遅い時間帯はほとんどラジオに触れてなかったんですが、もっと早い時間帯の『くるくるダイヤル ザ・ゴリラ』などは聴いていましたね。
○■文化放送入社も「ほとんどイメージがなかった(苦笑)」

――そこから、どういう経緯でアナウンサーを志したんですか?

単純なミーハーだったんで、もともとは「テレビ局のアナウンサーになりたい」と志望していたんです。ただ、各局の試験を受けたんですけど、ご縁がなく、最終的に採用されなくて。で、文化放送には縁あって入れていただけたので、ラジオ局のアナウンサーになりました。

――聞きづらい質問ですが……文化放送に受かった段階で、この局の番組は聴いたことあったんですか?

申し訳ないんですけど、ほとんどイメージがなかったですね(苦笑)。ただ、吉田照美さんのワイド番組『てるてるワイド』は当時勢いがあったので、その印象はありました。

――86年に文化放送に入社されたわけですが、新人時代に味わった苦労で印象に残っていることはありますか?

どういうわけか、最初から変な教育を施されていて……。

――変な教育(笑)?

はい。ニュースやスポーツのような王道ではなく、一般番組で使おうという局側の方針があったみたいで。入社1年目は、車掌の格好をして山手線の車内に乗り込んで、観光案内するというのが仕事というか、研修というか。

――アナウンスの仕方や発音を習うんじゃなく?

そうですね。度胸をつける意味合いと、話題作りということでやっていました。あとは、歩行者天国に行って、周りはバンド活動をやっているところで「お前は紙芝居をやれ」と言われて、紙芝居をやったり。それ以外だと宿直勤務という感じで、「放送局ってすごいなあ」と思っていましたね。

――アナウンサーのイメージとは随分違いますね(笑)。太田さんについて調べたところ、若手時代に局のポスターにも起用されたとか。

今はだいぶ小汚くなってしまいましたが(笑)、当時はビジュアルもいいと言われていたんです。ロックブームの時は、ロックミュージシャンのように髪を立てて、ジャケットを着て、ショールを巻いて。そういう写真は2、3種類撮りましたね。スポンサー絡みだった部分もありますが、ちょうどバブルの頃だったので、そういうこともたくさんありました。

●入社翌年に大抜てきも「ちょっと無茶だった」
○■プロデューサーから「ごめん。天才じゃなかった」

――入社翌年の87年4月から、早くも夜ワイド番組『東京っ子NIGHTお遊びジョーズ!!』の金曜日を任されました。今考えると、大抜てきじゃないかと思うんですが。

入社1年目に当時の名物プロデューサーにオーディションとして録ってもらったんですが、自分の中ではまったく出来が悪かったんですけど、最後に「太田君、よく頑張ったよ。偉い。ダメだったけど、こんな大変な状況で、新入社員なのに、よくやった」というようなことを自分で言ったんです。

そうしたら、そのプロデューサーが面白がってくれて。「お前、もしかしたら天才かもしれない」と(笑)。そうして、バタバタしている間に、入社2年目で2時間半のワイド番組を担当させてもらったんです。

――異例な形でアナウンサーのキャリアがスタートされていたんですね。

ただ、当時は芝浦の倉庫街にスタジオを借りて、そこから放送していたんですけど、3回目の放送が終わったあとにプロデューサーに呼び出されて。ベイエリアのプロペラが回っているようなオシャレなお店だったんですけど、そこで「ごめん。天才じゃなかった」と謝られました(苦笑)。案の定、1年で終わってしまいましたけど。

――それでも大きな人気を博した『吉田照美のてるてるワイド』の後枠で、裏番組は同じく大人気だった『三宅裕司のヤングパラダイス』(ニッポン放送)ですから、ムチャクチャ厳しいポジションですよ。

ちょっと無茶だったなと自分でも思います。考えてみると、ずっと会社の方針に翻弄されてきた人生ですね。ひどい会社だな(笑)。

――そのあと、『15はドキドキ ピンクコング』(ナイターオフ番組)、『今夜もBREAK OUT ラジオバカナリヤ』といった夜ワイド番組を担当されましたが、どれも長続きしませんでした。以前、雑誌の対談記事で「大ごけした」という発言をされていましたが、太田さんの中でもうまくいかなかったというショックは大きかったですか?

大きな番組を担当すると、根がお調子者なんで、勝手にイメージを膨らませて、「大成功したら、こんな風になるんじゃないか? すごくモテるんじゃないか? 有名人と友達になれるんじゃないか?」と妄想をしてしまうんですけど、やっぱり現実は上手くいかなくて。肉体的にも精神的にも疲労が重なっていき、「なかなか世の中は難しいなあ」と日々過ごしておりました。
○■徳永英明とのラジオ番組を語る

――個人的に一般のリスナーさんのラジオ遍歴をインタビューする企画をやっているんですが、その中で、太田さんと乃生佳之さんがやっていた『ノオチンと太田さんのピンコン二人旅』のことを話されていた方がいらっしゃって。最終回に乃生さんが突然、「往復ハガキを送ってくれれば、太田さんがサインを書いて返信します」と言い始めて、1年後に本当にサインが送られてきたとおっしゃっていたんですよ。

懐かしいなあ。乃生さんは“ノウチン”と呼ばれてまして、“歌って踊れるうどん屋さん”と言ってて、もともとはジャニーズで田原俊彦さんのバックで踊っていた方なんですよ。

――当時は徳永英明さんとの“ダブル英明”で『From C Side』という月~金放送の30分番組もやられていました。「ゲストを呼んでファーストキスの話を聞く」なんて曜日もあって、今考えるとすごい番組だったんですね。

懐かしい。すごく下ネタもたくさん出て、大物ミュージシャンがゲストでも、一応ファーストキスの話を振っていましたね。

――番組タイトルにある「C」は、恋愛における「キスがAで…」という隠語の「C」を意味してるという、これまた大胆なネーミングで。

そういう意味も忍ばせて、リスナーさんからそういう体験も募集して紹介していました。

――ハガキは毎週5000通近く届いて、番組の機関誌も作っていたとか。

当時、花王がスポンサーをしてくださっていて、全国34局フルネットの番組だったんです。社内にも事務局のような形で番組だけの部屋があって、デスクの女の子が2人ぐらい常駐していました。

花王の商品を買ってくださった方たちを集めて、日本武道館で番組の公録をするというのがお馴染みの企画で、私は2年連続日本武道館で歌ったアナウンサーだったんです。1年目は荻野目洋子さんと、2年目は徳永英明さんと森高千里さんと一緒に歌わせていただきました。

――これもまだ入社4年目なんですね。

面白いのが、当時はインターネットもなかったので、顔バレしていないパターンがあったんです。イベント開始前に、前説として私がタキシードを着て出ていくんですけど、最初にスポットライトを浴びて出てきた男性が徳永さんじゃないとわかると、1万人のお客さんが「ああ……」って落胆しますよね。

そのあと、「こんばんは。今日はようこそ。文化放送の太田英明です」って声が出ると、「おお!」とガラッと変わるんですよ。今はSNSやインターネットが定着していますから、皆さん顔は知っているので、そういうリアクションはないと思うんですけど。

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