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そうだったのか! FX大相場の真実 第40回 「100年に一度の危機」の扉を開けたリーマン・ショック

2020年04月24日06時55分 / 提供:マイナビニュース

FXの大相場の数々を目撃してきたマネックス証券、マネックス・ユニバーシティ FX学長の吉田恒氏がお届けする「そうだったのか! FX大相場の真実」。今回は「リーマンショック時の為替と株価」を解説します。

前回も書いたように、2008年9月の米大手投資銀行、リーマン・ブラザーズ経営破綻をきっかけとした金融市場の大混乱であるリーマン・ショックは、2007年夏から2009年春にかけて展開した信用バブル崩壊(または世界金融危機)の中の一局面でした。ただ、このリーマン・ショック前後において、為替と株価では動きにかなりの差があったのです。
○「大恐慌」以来の世界経済の危機

為替相場、例えば米ドル/円は、2007年6月の1ドル=124円から、リーマン・ショック前(リーマン前)に一時100円を割れるなど、すでに最大で30円程度もの一段安となっていました(図表1参照)。その上で、「リーマン後」に安値を更新、2009年1月の87円まで続落しました。

結局、「信用バブル崩壊」相場で、米ドル/円は最大37円程度下がりましたが、上述のように「リーマン前」の段階ですでに米ドル/円の下落は相当広がっていたわけです。

これに対して、株価の下落、つまり株安は「リーマン後」に本格的な拡大となりました。例えばNYダウは、2007年10月の1万4,000ドルが高値で、「リーマン前」の2008年7月に1万1,000ドル割れまで約3,000ドル下落しました(図表2参照)。しかし、「リーマン後」は、2009年3月の6,500ドルまでさらに4,000ドル以上も安値を拡大するところとなったのです。

実際にNYダウのチャートを見ると、2007年8月「パリバ・ショック」、2008年3月「ベアー・スターンズ・ショック」などの急落を経験しながらも、何とか反発への転換を模索していた株価が、リーマン・ショックを受けて、いよいよ底が割れたような動きになったのが分かるでしょう。

このように株価の動きを見ると、「リーマン前」と「リーマン後」では一変したことがよく分かると思います。リーマン・ショックというのは、世界経済にとってある意味で「最終防衛ライン」が突破されたことを示す象徴的な出来事だったのです。

世界経済が一変した―――それは「世界一の経済大国」米国の代表的な経済指標である雇用統計であるNFP(非農業部門雇用者数)の変化で見ても分かりやすいと思います。

NFPは2008年1月から前月比減少に転じたのですが、それでも月間の減少数は10万人前後にとどまっていました。ところが、リーマン・ブラザーズが破綻した2008年9月から、前月比減少数は30万人超に跳ね上がりました。さらにピーク時は月間70万人以上の減少が3カ月続き、結果的に2009年7月まで月30万人以上の減少は10カ月も続きました。リーマン・ブラザーズの破綻から1年で、NFPは何と700万人近い減少となったのです。

こういった中で、2009年には、かつて「自動車大国・米国」を象徴したビッグ3から、クライスラーとGM(ゼネラル・モーターズ)の経営破綻が相次ぎました。こうして、「リーマン後」の世界経済は、1930年代の大恐慌以来の危機といった意味で、「100年に一度の危機」と呼ばれるようになったのです。

それにしても、リーマン・ショックで「100年に一度の危機」に遭遇し、そしてそれからまだ10年ちょっと過ぎただけなのに、今度はリーマン・ショックをも上回るようなコロナ・ショックに直面するといった具合ですから、本当に大変な時代が続きますね。

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