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『平成大特撮』刊行記念トークショー、平成特撮を支えた品田冬樹と西川伸司が「特技監督・川北紘一」の功績を語る

2019年09月25日15時50分 / 提供:マイナビニュース

2019年7月に洋泉社より刊行された『別冊映画秘宝 平成大特撮1989-2019』(別冊映画秘宝編集部・編)は、「平成」時代に作られた「特撮映画」、そして特撮を駆使した「テレビ作品」、さらにはニューメディアとして注目された「オリジナルビデオ作品」なども含め、平成の30年間に作られた多種多彩な映像作品についての硬軟取り混ぜた膨大な数の紹介レビューと、各クリエイターへのインタビュー記事で構成された「平成特撮映像史」と呼ぶにふさわしい骨太の書籍である。

1989年の『ゴジラVSビオランテ』や、1995年の『ガメラ 大怪獣空中決戦』、1996年の『ウルトラマンティガ』、2000年の『仮面ライダークウガ』など、「平成」時代に大ヒットした特撮作品には、「昭和」の人気キャラクターを新しい感覚でリニューアルさせたものが多い。作り手として「昭和」時代から引き続いて関わっている「ベテラン世代」の中に、ファンが高じてプロの道へ進んだ「若い世代」が加わりはじめたこともあって、伝統的な技術と若い感性が融合した、日々意欲的な作品が生み出された。今では少年時代に「平成」のゴジラ、ウルトラマン、仮面ライダーシリーズを観てファンになったことがきっかけとなり、作り手になったという人も少なくない。

平成大特撮』の刊行を記念して、東京池袋「新文芸座」にて9月7日、「平成」時代に作られた特撮映画のオールナイト上映と、上映作品にゆかりの深い2大クリエイター、品田冬樹氏と西川伸司氏によるトークショーが催された。会場には「平成」特撮で育った20~30代を中心とした特撮ファンたちがかけつけ、両氏のトークのようすを食い入るように見つめ、聞き入っていた。

オールナイトで上映される作品は、『ガンヘッド』(1989年)『ガメラ2 レギオン襲来』(1996年)、『劇場版 超星艦隊セイザーX 戦え!星の戦士たち』(2005年)、『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説THE MOVIE』(2009年)という、いずれも平成特撮映画史にその名を残す珠玉の作品である。トークはこの4作品と品田氏、西川氏との関わりを中心に展開することになった。

トークショーの司会進行を務めるのは、『ゴジラ』をはじめとする東宝怪獣映画関連のイベントで活躍する特撮ライターの円山剛士氏。少年時代『ゴジラVSビオランテ』や『超星神シリーズ』に強い影響を受けて特撮ファンになったという円山氏の豊富な知識と分析力に裏打ちされた質問を受け、品田氏、西川氏から貴重な裏話がいくつも飛び出した。

品田冬樹氏は1959年千葉県生まれ。雑誌編集者として『ふぁんろーど』『宇宙船』などに携わる一方で、怪獣やヒーロー、モビルスーツなどの造型を手がけ、1982年にレインボー造型企画に入社。『仮面ライダーZX』(1982年/雑誌グラビアのみ)『科学戦隊ダイナマン』『宇宙刑事シャリバン』(いずれも1983年)といった東映作品で怪獣・怪人を多数製作する。1986年に独立してフリーとなり、1989年にはビルドアップの設立に参加。1994年にヴィ・ショップを立ち上げ『ガメラ2レギオン襲来』(1996年)のレギオンや、『ゴジラ・モスラ・キングギドラ大怪獣総攻撃』(2002年)、『超星神グランセイザー』(2003年)などの造型全般を担当した。2009年より円谷プロダクションに入社し、造型部門LSSでウルトラ怪獣の造型、および商品監修として活躍している。自身の怪獣への強い思いや造型に取り組む姿勢などを綴った著書『ずっと怪獣が好きだった 造型師が語るゴジラの50年』を岩波書店より2005年に上梓した。

西川伸司氏は1964年、京都府出身。1988年『土偶ファミリー』で漫画家デビューを果たした後、1989年『ゴジラVSビオランテ』でデザインワークに参加し、ビオランテ(植獣)の完成に大きく貢献する。以後『ゴジラVSキングギドラ』(1991年)のメカキングギドラや『ゴジラ×メカゴジラ』(2002年)の3式機龍など、ゴジラ・東宝怪獣映画シリーズのデザインを多く担当し、国内だけでなく海外にも熱烈なファンが存在している。テレビでは『超星神グランセイザー』(2003年)『幻星神ジャスティライザー』(2004年)『超星艦隊セイザーX』(2005年)の「超星神シリーズ」でキャラクターデザインを手がけた。2016年、ゴジラ映画や超星神シリーズのデザイン画を中心とした画集『西川伸司ゴジラ画集』を洋泉社より刊行した。

1989年7月22日公開された『ガンヘッド』DVDジャケット(著者私物)。東宝映画とサンライズの提携作品で、人類に反旗を翻したコンピューター・カイロン5に立ち向かう若者たちの激闘を描いた。主人公ブルックリン(演:高島政宏)が乗り込む巨大ロボット・ガンヘッドは人工知能を備え、人間との高度な会話が可能。スタンディングモードからタンクモードへと変形し、カイロンドームを警護するエアロボットと激戦を繰り広げる。川北紘一特技監督による、メカニックアクションへのこだわりが強くうかがえる映画となっている。

西川氏は『ガンヘッド』の製作には直接関わっていないが、東宝撮影所に出入りするようになったのが、ちょうど『ガンヘッド』撮影のころだったという。「川北監督に声をかけていただいて、『遠い海から来たCOO』のために、かわいい恐竜のイラストを描いてくれと言われて撮影所に行ったのが始まりです。そのときちょうど『ガンヘッド』の特撮が撮影の真っ最中で、1日だけ現場を見学させていただいたんです。撮影所でいちばん大きな第9ステージの中で、こっちではミサイルが飛んでいくシーン、向こうではガンヘッドが走っていくシーンなど、同時に3つのセットでの撮影が準備されていたのを覚えています」と当時をふりかえった。

品田氏もまた『ガンヘッド』には携わっておらず、同年『ゴジラVSビオランテ』でビルドアップがビオランテの造型を引き受けた際、東宝撮影所を訪れている。そのときのようすを回想した品田氏は「僕が撮影所に行ったとき、ちょうど役目を終えたガンヘッドの、6メートルもある実物大模型を撤去している最中でした」と、自身とガンヘッドとの"出逢い"と、あまりにも早い"別れ"を語った。

続いての話題は、両者が本格的に東宝特撮、そして川北紘一特技監督と関わることになった最初の作品『ゴジラVSビオランテ』(1989年)へ。品田氏が東宝撮影所に赴いたのは、まだ『ガンヘッド』が公開される以前、4月ごろだったという。そのときのようすを回想した品田氏は「撮影所を歩いていると、むこうから黒澤明監督がやってくる! とか、田中友幸プロデューサーがいる! とか、マーちゃんと薩摩剣八郎さんが談笑してる! とか、まるで"小笠原の怪獣ランド"かと思うほど、驚きの連続でした」と、日本映画の黄金時代を知るレジェンド級のクリエイターが元気に闊歩している状況をしみじみとふりかえった。

『ゴジラ』(1984年)から5年の歳月を経て製作された『ゴジラVSビオランテ』は、昭和30年代からゴジラに携わっていたベテランスタッフと、特撮・怪獣映画を観て育った若いスタッフとの力が結集して生まれた新時代のゴジラ映画であるがゆえに、ゴジラのスタイルを見つめ直す作業や、ゴジラ細胞と植物細胞を融合させたバイオ怪獣ビオランテの創造などにおいて、さまざまな試行錯誤が行なわれ、知られざる苦労を示すエピソードが豊富に存在するという。

品田氏は、「VSビオランテのゴジラ(通称:ビオゴジ)は1984年のゴジラのスーツのボディ部分を改造したもの」という"通説"に対して、これを全面的に否定。「プールでの撮影に用いる海用ゴジラ、そして都市を破壊する陸用ゴジラともども、新規に造型されたスーツです。元の84ゴジラのスーツは2体とも、検討用としてバラバラに分解された後だったんです」と、現場で自身が目撃した事実を明らかにした。

『ゴジラVSビオランテ』でゴジラと戦うライバル怪獣・ビオランテだが、そのデザインが決定するまでにはとてつもない苦労があったという。西川氏は当時をふりかえって「7月ごろでしたか、川北監督から突然電話があって『ビオランテが決まらねえんだよ、ちょっと描いてくんねえかな』と言われたんです。そして撮影所のスタッフルームへ行くと、もうそうそうたるスタッフの方々が揃っていまして、川北監督がギロっとにらんでいて、すごいプレッシャーを感じました」と、川北監督の"圧"に押されながらもデザインワークに着手するに至った経緯を話した。西川氏は続けて「僕が参加する2年も前からデザイン作業が進められていて、すでに膨大な数のデザイン画がありました。それでも、そのおかげで"こっち方向だと採用にならないんだな"という方向性が見えましたから、監督の意見を汲みつつ、ある意味"消去法"で自分なりのビオランテを描きました」と、大勢のデザイナーが残したデザイン画のラインを受け継ぎつつ、ベストとなるビオランテ像を固める役割を担ったことを説明した。

西川氏の参入により、ようやくデザインの方向性が定まったビオランテ(植獣)を見たとき、品田氏は「やっと作るものが見えてきた! これ、これだよビオランテは! と安堵しました。だいたい、芦ノ湖のセットでゴジラとビオランテ(花獣)が戦っているシーンを撮っている段階で、まだ植獣のデザインが決まらなかったんですから。俺たちは何を作ればいいんだと不安でしたね。そうして作り始めて、(植獣の)撮影が始まったのが10月20日くらいだったかな。そして撮影が終わったのが11月初め……」と、12月16日に公開を迎える映画だとは信じられないくらい、厳しいスケジュールで撮影が行なわれていたことを回想した。

『ゴジラVSビオランテ』(1989年)は見事に新時代の怪獣映画の道筋を示すことに成功し、ほぼ同じスタッフで往年の人気怪獣"キングギドラ"を復活させた『ゴジラVSキングギドラ』が1991年に製作されている。『ゴジラVSビオランテ』でつかんだノウハウを活かす形で作られた『ゴジラVSキングギドラ』は子どもから大人まで幅広い年齢層にアピールできる「ファミリー向け娯楽映画」の決定版として大ヒットし、以後、『ゴジラVSモスラ』(1992年)、『ゴジラVSメカゴジラ』(1993年)と、過去の人気怪獣を現代風にリニューアルさせ、ゴジラにぶつける「VS」シリーズが好評を博し、90年代のお正月映画の「定番」という地位を確立した。

平成ゴジラVSシリーズが安定した人気を得ているころ、大映が生んだヒットキャラクター『大怪獣ガメラ』をまったく新しい設定でよみがえらせたのが、1995年の『ガメラ 大怪獣空中決戦』(監督:金子修介、特技監督:樋口真嗣)である。広大なステージいっぱいにビル街のミニチュアセットを作り、セットのどこにカメラを置いても撮影ができる「平成ゴジラ」の撮影手法に対し、樋口特技監督の『ガメラ』ではカメラに映る範囲だけに精密なミニチュアを作りこみ、アングルを限定して撮影したり、太陽光と空気感を取り入れたオープン撮影を多用したりと、徹底的に"リアルな視点"を重視。異様なまでの迫力をかもし出す映像感覚と、怪獣映画の魅力を改めて見つめ直したかのような熱いドラマ演出によって、特撮ファンから熱烈な支持を得た。

上映作品の1本『ガメラ2 レギオン襲来』は1996年公開。この年は『ガメラ 大怪獣空中決戦』の健闘が大きな刺激となり、テレビでは16年ぶりとなる円谷プロの国産ウルトラマン『ウルトラマンティガ』が放送されて大人気を集める。『ティガ』の成功により、『ウルトラマンダイナ』(1997年)『ウルトラマンガイア』(1998年)と続き、これらは「平成ウルトラマンシリーズ」と呼ばれるようになった。

品田氏は『ガメラ2』で新怪獣の巨大レギオン、『ガメラ3 邪神(イリス)覚醒』(1997年)でイリスの造型を担当した。平成ゴジラVSシリーズの最終作として「ゴジラ死す」というキャッチコピーを謳った『ゴジラVSデストロイア』(1995年)を横目に見つつ、『ガメラ』シリーズに取り組んでいた品田氏は『ゴジラ』と『ガメラ』の違いを問われると「ゴジラが王道なら、ガメラは邪道上等という感覚で(笑)、ガメラの敵はバイラスとかギロンとか、トゲトゲしていて"刺す""斬る"という即物的な戦い方が多いですよね。レギオンではそういった大映怪獣の伝統的要素を引き継ぎながら、いっそうのバージョンアップを目指しました」と、現代の感覚に応じた「リアリティ」を重んじつつ、魅力的な怪獣を創造する苦労を語っていた。

続いての話題は、西川氏がキャラクターデザイン、品田氏が造型を手がけた特撮テレビシリーズ『超星神グランセイザー』(2003年)へ。本作は、『モスラ2 海底の大決戦』(1997年)以来、ひさびさとなる川北紘一特技監督の映像作品として、特撮ファンから大きな注目を集めていた。

『グランセイザー』で総勢12人に及ぶヒーローや巨大メカ、敵キャラクターを造型した品田氏は「1クール(13回)終わると、次の1クールのためにぜんぜん違うキャラクターを作らなくちゃいけないという、変則的なやり方でした。ヒーローもロボットも怪獣もとにかく数が多くて、開米プロさん、ボンクラフトさんなど、いろいろな会社に手伝っていただいて、なんとかこなしましたが……」と、膨大なキャラクター製作に忙殺された苦労を語った。また品田氏は『グランセイザー』の作風について「まるまる1本巨大メカ戦の回がある一方で、巨大特撮がまったくない等身大アクションだけの回があったり、バラエティ感があるところが面白い。いろいろなモノが混ざり合ってユニークな作品を作り上げている」と、豊富なキャラクターと派手なビジュアルで作品を盛り上げた川北監督の功績をたたえた。

西川氏もまた「川北監督の頭の中を覗いているかのような作品(笑)」と、大胆なアイデアと徹底したサービス精神で特撮映像を作り上げていた川北監督の姿勢を改めてふりかえっていた。また西川氏は『グランセイザー』のメカデザインについて「東宝カラーといいますか、ファンタジーに寄るのではなく実際にありそうな"ミリタリー"感のあるメカを心がけました。ガルーダのようなメカから人型ロボットに変形するものについては、ロボット形態がカッコよくなることを念頭に置き、メカ形態のシルエットが多少犠牲になってもいいという考えでやっていました。しかし、まさかメカが合体して"怪獣"の姿になるとは……」と、グランセイザーが乗り込む「超星神」が合体を果たした最強形態「ダイセイザー」が、怪獣のようなスタイルに決まったことへの驚きがあったことを明かした。これについて品田氏は「デザインをみなさんが考えているとき、たまたま僕が通りがかって『合体して怪獣になったらいいんじゃない』とポツリと言ったら川北監督が喜んで、怪獣に決まったそうなんですね」と、ダイセイザー誕生に至る経緯を話し、客席のファンたちをどよめかせた。

カバヤから発売された食玩「合身獣ダイセイザー」(著者私物)。人型ロボットのガントラスに、超星神ガルーダ、ドルクルス、ガンシーサー、リヴァイアサンが合身した姿である。

『幻星神ジャスティライザー』および『劇場版 超星艦隊セイザーX 戦え!星の戦士たち』に登場したデストボーグ「ブルガリオ」の精巧なミニチュアモデル。川北監督が立ちあげた企画会社「ドリーム・プラネット・ジャパン」より、本イベントのために特別展示された。品田氏は「ブルガリオは川北さんのお気に入りの怪獣。こうしてミニチュアを視ていると、川北さんが今ここに佇んでいるかのようです。とつぜんプイッといなくなっちゃったけれど、もうこの世にいないというのが信じられません」と、惜しくも2014年に物故した川北監督の強烈な存在感を、懐かしそうに回想していた。

最後のトークテーマは『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』について。本作は、後に『仮面ライダーフォーゼ』(2011年)や『獣電戦隊キョウリュウジャー』(2013年)『ウルトラマンジード』(2017年)などを手がけて好評を博す坂本浩一監督が、日本で初めて手がけた特撮映画である。史上初となる"悪のウルトラマン"ウルトラマンベリアルや、"ウルトラセブンの息子"ウルトラマンゼロという、後のテレビシリーズや映画でも活躍する名キャラクターが、ここでデビューを果たしている。本作より円谷プロ作品で造型の手腕をふるっている品田氏は「当時、円谷プロ副社長を務めていた岡部(淳也)さんが、内山まもる先生のコミック『ザ・ウルトラマン』を強烈に標榜していまして、あの感じにしてくれ、と注文を受けました」と、ウルトラマンの故郷であるM78星雲「光の国」を舞台にして、ウルトラヒーローと怪獣軍団のバトルを見せ場とした盛りだくさんな映画の成り立ちについて解説した。

本作でのキャラクター造型について品田氏は「アーリーベリアルや、百体怪獣ベリュドラの頭部とか、モブのウルトラマン大勢とか、20ものキャラクターを作るため、連日工房に泊まりこみで徹夜が続きました」と、過酷なスケジュールと造型の物量に悩まされながら、レベルの高い仕事を行ったことを回想した。ただ、こちらも新規造型となった「ウルトラマンキング」について品田氏は「すこしオヤジっぽいイメージになってしまった。画面で見ると、オデコの感じが気に入らなかった」と出来栄えに不満があったため「映画が終わったあとに作り直して、次回作の『ウルトラマンゼロTHE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国』(2010年)でのキングは少し顔つきが変わっています」と、造型師としての厳しいこだわりを語った。

洋泉社刊『平成大特撮1989-2019』は現在書店にて好評発売中。

なお、新文芸座からほど近い「池袋HUMAXシネマズ」では、今年11月2日夜より毎年恒例のオールナイト上映イベント『ゴジラ誕生祭2019』(東京会場)が開催される。上映作品は、品田氏がゴジラ、キングギドラ、モスラの造型を手がけた『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001年)と、東宝チャンピオンまつり版『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 地球最大の決戦』(1971年)、『モスラ3キングギドラ来襲』(1998年)の3本。トークゲストとして『大怪獣総攻撃』の金子修介監督と俳優・宇崎竜童(立花准将役)の出演が決定している。

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