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平成の日本経済が残したもの - 新元号時代への教訓 第2回 世界経済を変えた冷戦終結 - バブル崩壊後の日本経済にも影響

2019年02月20日15時40分 / 提供:マイナビニュース

○■平成元年にベルリンの壁崩壊 東欧革命・ソ連アフガン撤退

平成に入り、日本経済はバブルの絶頂から一気にバブル崩壊へと転換したことは前号で振り返った通りですが、その日本経済を取り巻く国際情勢も劇的に変化しました。平成元年(1989年)にはそれを示す出来事が相次いで起こりました。ベルリンの壁が崩壊し、東欧諸国では共産党政権が崩壊、さらにソ連がアフガニスタンから完全撤退したことなどが、その象徴でしょう。世界の政治・軍事、そして経済の枠組みを根本から変えることになった冷戦終結は、バブル崩壊後の日本経済にも大きな影響を与えました。

すでに昭和の末期から、冷戦終結の前段と言える動きが始まっていました。昭和60年(1985年)3月にソ連共産党書記長にゴルバチョフ氏が就任し、改革政策を打ち出したのです。そのキーワードはペレストロイカ(再構築、改革)、グラスノスチ(情報公開)の2つ。低迷するソ連経済を立て直すとともに、国民の不満を和らげて共産党体制のテコ入れを図ろうとするものでしたが、改革は社会主義の枠内では収まらない民主化の動きとなって広がり、ついに1991年のソ連崩壊にまで突き進むことになります。

このソ連の民主化の動きは東欧の社会主義諸国にも波及し、1989年にポーランド、ハンガリー、ルーマニアなどで相次いで共産党政権が崩壊しました。そうした「東欧革命」の頂点がベルリンの壁の崩壊でした。やはり1989年のことです。それまでのドイツは西ドイツと東ドイツの2つの国に分断され、東ドイツの中に位置するベルリン市内では、西ベルリンの町をぐるりと取り囲む壁によって自由な往来ができませんでした。これこそがまさに東西冷戦の象徴でしたが、その壁の崩壊が今度は冷戦終結の象徴となったわけです。こうして翌年の1990年には東西ドイツが統一を果たしました。

この間すでに米ソの間では1985年以来、ゴルバチョフ書記長と当時のレーガン大統領が数度の首脳会談を行い、1987年に中距離核戦力(INF)全廃条約に調印していました。1989年にはソ連がアフガニスタンからの完全撤退を実行し、軍縮と緊張緩和が進んでいました。そしてベルリンの壁崩壊の翌月にはゴルバチョフ書記長と米国のブッシュ(父)大統領がマルタ島で会談し、冷戦の終結を宣言しました。

筆者はちょうどゴルバチョフ書記長が登場した昭和60年(1985年)3月、日本経済新聞の記者としてテレビ東京の経済ニュース番組のキャスターを命ぜられ、初めて伝えたのがゴルバチョフ書記長の初仕事のニュースでした。それだけに印象深いのですが、同書記長は就任当初から従来のソ連の最高指導者とはまったく違っていてソ連が変わるのではないかと感じました。しかしその後はわずか数年間でベルリンの壁崩壊、東西ドイツ統一、ソ連崩壊、そして冷戦終結……と、予想をはるかに超える展開となったわけです。
○■世界経済と日本経済に4つの影響
第1の影響 - グローバル化

このような世界の劇的な変化は、世界経済と日本経済に4つの大きな影響をもたらすことになりました。第1は、世界経済の拡大とグローバル化です。かつての冷戦時代は、東西の両陣営は経済的にはほぼ完全に分断され、資本主義・自由主義経済体制の西側諸国と社会主義体制の東側諸国との間の経済的・人的交流はきわめて限定的なものでした。しかしソ連と東欧諸国が資本主義・自由主義経済体制へと移行したことによって、世界市場が一気に拡大したのです。今日に至るグローバリゼーションがここから始まったわけです。

軍縮がもたらした経済的恩恵もありました。冷戦時代は米ソともに軍事費が膨張する一方でしたが、冷戦終結によってその負担が軽減され、より多くの予算を民需に回すことが可能になったからです。このことを指して「平和の配当」という言葉が生まれました。

冷戦終結は特に欧州に大きな恩恵をもたらしました。冷戦終結から2年後の1993年にEU(欧州連合)が発足、加盟国の域内では「ヒト・モノ・カネ」の移動が自由に行われるようになり、旧東欧諸国もその後順次、EUに加盟し、市場が拡大したのでした。また今ではロシアと西欧諸国との経済的関係は冷戦時代とは比べ物にならないほど大きくなっています。

こうした世界経済拡大の中で、米国経済は1990年代を通して10年間におよぶ未曽有の景気拡大が続きました。この過程で米国ではIT革命が進行し、数多くのITベンチャーが生まれました。ヤフー、アマゾン、グーグル、フェイスブックなど、今や世界的な大企業となったこれらIT企業は、いずれも冷戦終結後に創業し急成長したものです。

これらは日本経済にも恩恵をもたらしました。ただちょうどバブル崩壊とその後の経済低迷長期化と重なったため、欧米に比べるとその恩恵を十分に活かしきれなかったと言えます。冷戦終結後の日米の株価を見ると、NY市場のダウ平均株価が上昇していたのに対し、日経平均株価は下がり続けたのが対照的です。
第2の影響 - ディス・インフレは「デフレ圧力」にも

第2の影響は、インフレからディス・インフレへの転換です。旧東側諸国は長年の社会主義経済体制の下で経済が疲弊し、経済成長率や物価・労働コストなどは西側と比べて大幅に低い水準にありました。それが一斉に自由主義経済体制に移行してきたため、世界的に物価を押し下げる要因となったのです。

かつて1970年代から80年代前半は2度にわたる石油危機によって世界経済はインフレに悩まされていましたが、冷戦終結のおかげでインフレではない状態=「ディス・インフレ」となったのでした。少なくとも、インフレの心配は少なくなり、これがまた世界経済を拡大させることにつながりました。

ただこのことは、日本経済にとっては微妙な影響を与えることになります。ディス・インフレ自体は日本経済にとってもプラスになることなのですが、ちょうどバブル崩壊から数年経った頃には、ディス・インフレを通り越して、「デフレ圧力」として働くようになったからです。実際、日本は1998年(平成10年)頃からデフレに陥り、その後、10数年にわたってデフレが続くことになります。もちろんデフレの主因は国内の経済低迷にあったのですが、世界的なディス・インフレが日本のデフレを“後押し”することになったのも事実です。
第3の影響 - 中国経済の台頭・成長

第3は、中国の台頭です。実は、ベルリンの壁崩壊や東欧革命が起きた1989年に中国では「天安門事件」が起きていました。当時、中国では東欧の民主化の動きに刺激を受けて若者を中心に民主化を求める運動が広がっていました。そうした最中の同年6月4日、天安門広場に集まった学生や市民たちに対し、軍が武力で鎮圧し多数の死傷者を出したのです。死者の数は不明ですが、数万人との説もあります。しかし中国政府は現在に至るまで徹底した情報統制を敷いていて、中国国内ではインターネットで「天安門事件」の検索ができないようになっているそうです。

このように中国は民主化を徹底的に弾圧して東欧諸国の共産党政権崩壊の二の舞を防ぐ一方で、経済政策では積極的な開放路線と自由主義経済の導入を図りました。これを受けて1990年代後半頃から経済成長が顕著になっていきます。人件費の安さなどもあり、欧米企業の中国進出が活発化し、中国は「世界の工場」として急速に成長していったのでした。つまり、中国は政治的には冷戦終結による共産党政権の崩壊を防ぎつつ(むしろ強化しつつ)、経済的には冷戦終結の恩恵を最大限に享受したと言えます。

周知のように、今では中国はGDP世界第2位となりました。日本にとっても隣国である中国の経済発展は大きなプラス材料となってきました。貿易相手としても生産拠点としても、また消費市場として、今後も魅力的な存在であることは確かです。しかし米国との間では貿易戦争を引き起こし、経済的にも外交的にも多くのリスクを抱える存在になっているのが実態です。中国との対峙が強まる状況は「新冷戦の時代」とも言われており、この中国とどう向き合っていくかは「平成後の時代」の大きな課題です。
第4の影響 - 地政学的リスク増大で世界経済に波乱要因

第4の影響は、地政学的リスクの増大です。地政学的リスクとは、ある地理的な環境(国や地域など)で起きる出来事、例えば戦争やテロ、天災などが起きた場合に政治や経済に影響を与えるリスクのことです。冷戦時代は世界的規模での戦争のリスクがあるとして国際情勢は緊迫していましたが、冷戦終結によってそのリスクは大幅に薄らいだかに見えました。

ところが逆に、それまでの東西両陣営それぞれの強い統制がなくなった(あるいは弱まった)ことから、世界各地で民族対立や宗教対立がかえって激化の様相を呈するようになりました。特に深刻なのが中東情勢です。イスラエルとアラブの対立だけでなく、イランとアラブ諸国の対立、さらにはIS(イスラム国)のようなテロ組織など、中東情勢はますます複雑化しています。

またそうした中東や北アフリカ諸国からの難民が欧州に押し寄せてEUの結束を乱していることや、EU域内の旧東欧諸国からの移民増加が英国のEU離脱の原因となるなど、むしろ地政学的リスクは世界に拡散して増大しているのが現実です。

これらは地理的には日本から遠く離れた国や地域で起きていることのように見えますが、株価の下落や原油相場の乱高下といった形で日本経済を直撃することになります。企業の国際戦略にも影響します。

このように冷戦終結によって大きく変化した世界経済ですが、「平成後の時代」にはどのような展開となるのか、さらに新たな枠組みを模索する動きが続きそうです。

○執筆者プロフィール: 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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