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まさに奇々怪々 - ソユーズ宇宙船にあいた「謎の孔」の正体とは?

2019年01月31日07時52分 / 提供:マイナビニュース

●ソユーズと宇宙飛行士を襲った前代未聞の事件と、跋扈した陰謀論
事実は小説より奇なりとはいうが、はたして「いつの間にか宇宙船にドリルの孔があいていた」などという奇怪な出来事が実際に起こることを、いったい誰が予想できただろうか。

2018年8月29日、国際宇宙ステーション(ISS)のどこかから空気が漏れ、圧力が下がっていることが判明。滞在中の宇宙飛行士が調査したところ、ISSにドッキングしていた「ソユーズMS-09」宇宙船に小さな孔があいており、そこから空気が宇宙へ漏れていることがわかった。

この孔は直径約2mmと小さく、補修も簡単だったため大事には至らなかった。しかし、その後の調査で、地上での製造、あるいは組み立て中にあけられたものであることがほぼ判明。ロシアの宇宙産業の弱体化を示し、その信頼性を揺るがす事態となっている。

○ソユーズMS-09からの空気漏れ

米国航空宇宙局(NASA)によると、事件は2018年8月29日(米東部夏時間)に起きた。この日の19時ごろ、ヒューストンとモスクワのISSの管制センターが、ISS内でごくわずかながら、圧力の低下が起きていることを検知した。

このときISSには、船長であるアンドリュー・J・フェウステル宇宙飛行士(NASA)以下、6人の宇宙飛行士が滞在していた。協定世界時で過ごすISSクルーは、そのときすでに眠っていたものの、低下率がほんのわずかで危険性はないと判断され、起こされず、起床後にその事実が知らされた。

そして、彼らが眠っている間に作成されたマニュアルをもとに、漏洩箇所の特定作業が始まった。その結果、ISS本体ではなく、ドッキングしている「ソユーズMS-09」宇宙船の、軌道モジュールから漏れていることが判明。さらなる調査の結果、ISSの長期滞在クルーのひとり、アレクサンダー・ゲルスト宇宙飛行士(ESA)は、軌道モジュールにあるトイレの後ろ側の壁面に、直径約2mmほどの小さな孔があいていることを発見した。

この孔は、ゲルスト飛行士が指で押さえて一時的に塞いだあと、カプトン・テープで塞ぐことで応急処置が行われ、続いてカプトン・テープの上にメディカル・パッチ(絆創膏)を貼り、その上からエポキシが注入された。その結果、漏洩は止まり、大事には至らなかった。

この補修が帰還に耐えられるかという問題もあったが、ソユーズ宇宙船が帰還する際には、宇宙飛行士は軌道モジュールとは別の、帰還モジュール(カプセル)に乗っており、また軌道モジュールは大気圏再突入前に捨てることもあって、問題はないとされた。

その後、「ソユーズMS-10」の打ち上げ失敗という別の問題が起きたことから計画はやや変わったものの、ソユーズMS-09は無事、12月20日に地球に帰還している。

○原因の可能性その1:地上での製造時にあいた

孔が塞がった直後から、いったいなぜこのような孔があいたのかという原因調査が始まった。

当初は、微小なデブリや、マイクロメテオロイド(微小隕石)の衝突が疑われた。しかし、孔の形状は明らかにドリルのようなものであけられたものであり、さらにその周囲には、ドリルで孔をあけようとした際に失敗したか、孔をあける前後で触れてしまったか、いずれにせよドリルの刃があたって走ったような痕もあった。そのため、デブリや隕石の衝突という可能性は早々に否定され、人為的にあけられたものである可能性が高くなった。

9月3日には、ロシアのメディアが、業界筋からの話として、ソユーズMS-09の製造中に、作業員が過失で孔をあけた可能性が高いと報じた。この作業員はミスを隠すために(もしくはれっきとした補修方法と考え)、接着剤を充填して孔を埋めたという。

そしてこの補修は、存外にうまく機能した(してしまったと言うべきかもしれない)。ソユーズ宇宙船は打ち上げ前、リーク・チェックと呼ばれる、空気漏れがないかどうか調べる検査を受けるが、この接着剤が栓となって孔を塞いでいたがために検査をクリア。さらに2018年6月の打ち上げにも、宇宙の環境にも耐え、ソユーズMS-09の気密を保ち続けた。しかし打ち上げから2か月が経っていよいよ限界が生じ、接着剤が孔から抜けたことから空気漏れが発生し、今回の事件が発生したとされる。

次の焦点は、このドリル孔がどういう経緯であけられたのか、あるいはなぜ、こうした補修で大丈夫だと判断されたのか、そして試験や検査で検出できなかったのか、ということになるはずだった。
○原因の可能性その2:宇宙飛行士があけた

ところがその直後、この地上であけられたという説はいったん白紙となり、代わって「ISSに滞在する宇宙飛行士が軌道上であけた」という説が飛び出した。

ロシアの宇宙開発に詳しいRussianSpaceWebによると、ロシア側の調査では、孔の周囲に見られるいくつかの傷について、「無重量状態で孔をあけようとして失敗した傷だ」と受け止められたのだという。言うまでもなく、こうした傷はポンチ穴をあけずに孔をあけようとしたか、もしくはドリルの刃がうまくポンチ穴にはまらないまま削ろうとしたときにもできるものである。

しかし、ロシア側はNASAに対して、ISSに滞在しているNASAの飛行士の、精神状態に関する記録を提出するように求めたとされる。すなわち、NASAの宇宙飛行士が精神的に錯乱したか、自殺する目的で孔をあけたという可能性を本気で考えていたのである。

ロシアのコメルサント紙も、ISSに滞在しているNASAの宇宙飛行士が何らかの病気にかかり、それを隠しつつ、治療のため早期に帰還させる目的で、ソユーズに孔をあけ、緊急帰還せざるを得ないように仕向けたのでは、とする記事を展開した。

また、事故が起こる前の8月に、ロシアの宇宙飛行士が船外活動でISS内からいなくなった時間があったこと、米国側の機材に電動ドリルがあることなどもこの陰謀論に拍車をかけた。
○原因の可能性その3:ソユーズの使用権をめぐる陰謀

さらにそれとは別に、ソユーズの使用権をめぐる陰謀論も展開された。現在、米国は独自の宇宙船を持たず、宇宙飛行士の輸送はソユーズに依存しているが、一方でスペースXとボーイングが民間宇宙船を開発しており、完成すれば依存に終止符が打てる。そのため、米国はソユーズの座席を2019年11月までしか購入していない。

ところがスペースXもボーイングも、宇宙船の開発がやや遅れており、間に合わない可能性が出てきている。もし2019年11月までに有人飛行ができなければ、ISSから米国の宇宙飛行士がいなくなる事態も起こりうる。

ソユーズの座席をめぐる米国とロシアとの契約では、ソユーズに問題が起きて計画どおりのミッションができなかった場合は、ロシア側が無償で代わりのソユーズを提供することになっている。そこで、ソユーズに孔をあけ、現在のクルーを緊急帰還させることで、ソユーズの1回分の飛行を稼ぎ、民間宇宙船の開発の遅れを穴埋めしようという意図があったというのである。

●ロシア宇宙開発の信頼性を揺るがす事態 - はたして立ち直れるのか
○前代未聞の船外活動と今後の対策

ロシアの国営宇宙企業ロスコスモス(Roskosmos)は、公式には、こうした報道に対して、未確認の情報であるとして自制を求めるようにコメントした。しかし、報道は止まらず、さらにロスコスモスのドミートリィ・ロゴージン社長がこの陰謀論に対して「考えられうる」などと言及したこともあり、長らくくすぶり続けた。

最終的に、ISSの船長であるフェウステル飛行士が否定したこと、またロスコスモス内での調査も、地上での製造段階で起きたとする見解に傾いていったこともあり、こうした陰謀論は徐々に消えていった。

一方ISSでは、船外活動によって、宇宙船の外からこの孔を調査する計画が立ち上がった。当初は11月に行われる計画だったが、10月にソユーズMS-10の打ち上げ失敗事故が起きたことから、ソユーズMS-11が打ち上げられ、新たな宇宙飛行士がISSに到着したあとの12月12日に実施された。参加したのは、ともにロシアのオレク・コノネンコ飛行士と、セルゲイ・プロコピエフ飛行士だった。

この船外活動では、まずナイフを使って軌道モジュールを覆っている断熱シートを切り裂き、続いて船体に取り付けられているデブリ・シールドを金属バサミで切るという、大手術のような前代未聞の作業が行われた。そして、その下から出てきた船体の孔を確認し、写真を撮影。さらに孔の周囲をこすり、付着していると考えられる接着剤を採取。また抜けた接着剤が飛び散った可能性もあることから、デブリ・シールド周辺でもサンプル採取が行われた。

採取されたサンプルはソユーズMS-09に搭載され、12月20日に地球に持ち帰られた。

その後1月27日時点まで、この一連の事件に関する大きな発表、報道はないが、原因としては最初に報じられたように、孔は地上の製造、あるいは組み立て中にあけられたものであるという結論で、おおむね固まりつつあるようである。

誰がなぜ孔をあけたのかは不明だが、当初の報道どおり、作業員が過失であけてしまい、それを隠すために接着剤で孔を埋めた可能性が高い。とくに、くだんの孔の付近には、別の正常な孔があり、それを加工しようとして場所を間違えてしまったというのはありえる話である。

また、待遇などに不満をもった作業員が、抗議や憂さ晴らしを目的に、サボタージュとして孔をあけた可能性もあろう。ロシアの宇宙産業の給与水準は決して高くなく、それゆえに優秀な人材が金融やITといった他の業種や、他国に流出する状況が続いている。もっともサボタージュである場合、接着剤で孔を埋め、破壊工作を目立たなくすることの説明がつかない。

また、ミスにせよサボタージュにせよ、たとえば試験中に孔に気づくものの、スケジュールの遅れなどを気にして補修したといった、組織的な隠蔽が行われた可能性もある。

ちなみに、組み立て後の軌道モジュールに孔をあけるには長さ30cmのドリルが必要だが、組み立て前の段階ならそれより比較的簡単にあけられるという。

また、1月11日のSputnik(英語版)の報道によると、ソユーズ宇宙船を製造している企業RKKエネールギアにおいて、今後のソユーズ宇宙船の組み立てでは、すべての段階で監視カメラによる記録を行うとし、またこれまで監視カメラが設置されていなかったエリアにも追加で設置するという。この点からも、現場では組み立て中に起こったことと受け止められている可能性が示唆される。

○どん底から這い上がれるか

今回のソユーズMS-09の孔、そしてソユーズMS-10の打ち上げ失敗もまた、ともにロシアの宇宙産業の弱体化を如実に示すものであり、そして、その信頼性はさらに大きく下がった。

筆者が本誌でたびたび取り上げているように、ロシアの宇宙開発は近年、今回に限らずロケットの打ち上げ失敗や衛星の故障などが相次いでいる。

その発端は、ロシア誕生後の資金不足と、それによる宇宙予算の削減にある。これにより、新たな宇宙計画は軒並み中止や凍結となり、維持されたものも資金不足から十分な開発や試験を行うことができず、多くの失敗を引き起こした。さらに、熟練の技術者による新人の育成や技術の伝承が行えず、技術者の世代交代に失敗。その結果、新しいロケットや衛星を造る技術はもちろん、従来からあるロケットや衛星を正しく造り続ける技術も失われることになったとされる。

こうした事態は、ものづくりにおいては普遍的なことであり、また1990年代から、近い将来のロシアの宇宙開発で起こるであろうことが予想されていた。

拙稿「ロシアの『ソユーズ』ロケットはなぜ墜ちたのか - その顛末と背景」でも触れたように、ソユーズMS-10の打ち上げ失敗の原因は、ロケット組み立て時に機体同士がぶつかり、センサーを破壊してしまったことにあった。これは作業員の教育や、現場の環境、あるいは試験や検査の体制がしっかりしていれば、少なくとも打ち上げ失敗という事態は防げた可能性が高い。

今回のソユーズMS-09もほぼ同じことがいえる。誰かがなんらかの過失で孔をあけてしまったのだとしたら、ミスは仕方ないにしても、それを重大なことと認識できる知識、ミスを申告できる環境があれば、打ち上げ前に歯止めをかけることができた可能性がある。

こうした状況と、これから改善できるのかは不透明である。監視カメラの設置数を増やすという対策は、解決策のひとつだろうが、根本的とは言いづらい。

また、事件が発生した直後に、米国の宇宙飛行士が孔をあけたとする陰謀論がのさばったことは懸念すべきことであろう。可能性のひとつではあるにせよ、筋としてはきわめて悪い、まさしく陰謀論であり、また確固たる証拠もないなかで、ロスコスモスのトップがその可能性に言及したり、地上での生産ミスよりも可能性が高い説として取り上げられたりするのは異常である。

いくら、ソユーズの事故という悪印象を薄めたいという意図があったにせよ、また米ロ関係の悪化も手伝ったにせよ、こうした真実から目をそらそうとする姿勢は、百害あって一利なしであろう。

どんな乗り物よりも高く、遠くを速く飛ぶ宇宙船が、本質的に危険性が高いものであることは、これからも変わるものではない。その危険性をできる限り小さくするには、品質と信頼性を高めるしかない。しかし、今回の事件をめぐる一連の流れからは、はたしてそれが認識されているのか、そして改善できるのか、大きな不安が残る。

これからもソユーズはしばらく、ISSへ宇宙飛行士を輸送する唯一の手段であり、米国の民間宇宙船の運用が始まっても、並行して輸送手段として、あるいはバックアップとして、そしてISSに非常事態が起きた際の救命艇としての役割を担い続ける。

その中で、今回の事態からロシアが立ち直れるのか、そして二度とこうした事故が起こらないよう対策が取られるのか、注意深く見守る必要がある。

○出典

・International Space Station Status - Space Station
・TASS: Science & Space - Hull of Soyuz spacecraft was damaged before launch, says expert
・ロスコスモスによる、メディアに自制を求める声明文
・Russian EVA examines hole repair area on Soyuz MS-09 - NASASpaceFlight.com
・Unexplained hole aboard Soyuz puzzles crew, stirs up wild theories

著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info

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